努力の方向が未来を変えてゆく その3

先日からの続き

人間の努力はどれだけ未来に通用するのか。
いや、どのような方向の努力が必要になってゆくのか。
僕が考える少し先に必要になる努力の方向は、
ニッチ化だと思っています
ニッチとは、

ニッチ(英: niche、フランス語読み:ニーシュ)は、生物学では生態的地位を意味する。1つの種が利用する、あるまとまった範囲の環境要因のこと。

(wikipedia 参照)
ちょっとわかりにくいですが、ビジネス的にはより狭い範囲の住み分けというようなニュアンスで使われています。

今までだってニッチであることは重要でした。
例えば、ポップス、ロック、アイドル系みたいな。
でも、こういう住み分けってさらに細分化されていますよね。
もはや「国民的アイドル」とか「国民的歌姫」なんて登場できないんですよ。
それだけ多様な情報の時代になってきているわけです。

しかし、努力の方向性に関してはそこまで多様になっているようには思えません。
特に学校教育はどうも時間の投資や費用の投資的に十分なリターンを返せなくなっているように思えます。
僕には総合的な教養を小学校から大学まで教える意味がわからないんです。

ニッチ化=トガることが必要なんですよ、努力にも。
ある一定の興味があるなら、そこに労力と時間を注ぎ込むことこそこれからの生きる意味になるのではないでしょうか。
だって、学校の教育なんて相撲取りにマラソンを強要しているようにしか見えません。

僕は漆に生きることに未来を感じています。だからその世界観の中で生き生きと努力していたいんですよね。

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