古典と歴史を学ぶ単純な理由

僕の工房にはたくさんの図録や美術関係の書籍があります。
現代美術から古典的な美術書があって、工芸関係が多いけど、幅広く集めています。
古いものや、歴史から学ぶことは多くて、今でも工芸史には関心があります。

最新の美意識を作っているのになぜ古いものを勉強しなければならないのでしょうか。
少なくとも技法的な知識は必要としても、工芸史まで網羅する必要とは何か。
僕の答えは
その時の最新トレンドを体験したいという単純だものです。
ものを見て学ぶことは多いけど、その背景を知らなければ、なぜその時代に美術の潮流はその方向に流れていたのかわかりません。
潮流を学ぶ理由は、現代にどれだけ応用できるかの一点です。

例えば、美術史的に見ると
千利休という人が、ただの茶人ではないことがわかります。
利休が行ったことはお茶を介したコミュニティの創造です。
具体的に説明すると、お茶を教えると言う立場から多数の実力者を集めたサロンを作り
そこで新しい美意識の流布を行います。
自分のブランド印のついた関連商品を発表し販売します。
文化は幅広く広がり、現在でも茶道という体系において利休の影響力は色濃いのでそのブランド力たるや強力です。
つまり、道具や作法を超えたコミュニケーションの場であり続けるから時代が移っても色あせない本流があるのです。
日本の美術史上空前のブランドを作った利休も戦国の歴史の中で縦横無尽に活動したことがわかります。

利休をただの茶坊主として見るのではなく、稀代のブランドメーカーとし眺めると
途端に美術しが面白くなりませんか。

時代は下って昭和に入り利休のビジネスモデルを使った巨人がいます。
魯山人もおそらく利休のブランド手法を意識していたのではないかと思っています。
魯山人は陶芸家という印象が強いですが、書家、料理人、評論家といった色々な顔を持っています。
陶芸家としては実際に手を動かすのではなく、卓越したプロデューサーという存在で
膨大な作品を作り上げました。
魯山人が仕組んだコミュニティの媒体は食でした。
高級美食倶楽部を作り、財界にコミットし自らプロデュースした器の価値を高めて行きました。

このように、利休を茶人、魯山人を陶芸家として見るのではなく
時代といかにコミットしていったかという側面を捉えるためには、歴史的背景と
その後の影響力を考えて見る必要があります。
もちろんその時代の最先端だったから爆発的なブームを生んだんだけど、その前段階となる人と事、時代背景があったはずです。
そのあたりを学ぶために、古典と歴史は必要になります。

古いものはすでに答えが出たものではなく、これからのヒントにもなります。

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