「作家は一人で作らなければならない」を論破

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作家や職人はどのような体制で制作しているのを想像しますか。
多くの人のイメージの中では、一人黙々と作業を続けている光景が頭に浮かぶと思います。

僕は漆芸作家ですが、工房体制(チーム)で制作しております。
このブログでも工房体制で制作していることを書いてきましたし、実際仕事場に見学にいらっしゃった方は仕事の内容から、複数人で一つの作品を作ることを自然に捉えてもらえていると考えます。
だけど、人によっては個人の作家が実は一人で作っていなかったとなると違和感を持たれるかもしれません。

例えば、ゴーストライターとか、アシスタントの作品盗用みたいなネガティブなイメージ。


でも、考えてみてください。
本質的に、完全に一人で作られた作品なんてこの世に存在しているでしょうか。
例えば、画家ならキャンバスを作る人がいて、絵の具を作る人がいて、額縁を作る人がいます。

アニメ映画なら、アニメーターがいて、声優がいて、背景を描く専門の人、色指定専門の人。。。このように、一つの作品にたくさんの人が関わってくるわけです。
漆の場合、本来は木地師・塗師・蒔絵師と3つの職業が必要ですが、なんとなく一人でこなさなければならない流れになっています。
「若いうちは一人で制作しなさい」と実際に言われることもあります。
でも、僕はクオリティを上げる挑戦ならなんだってした方がいいと思っています。
20代の頃は、すべて一人で作っていたんだけど、展覧会制作の年間3点が厳しすぎて
不本意な仕事の連続でした。
何より時間がない。年間三回の展覧会があるということは、4ヶ月に1つのペースで制作が必要とういことです。
現在の制作内容と比べて見るとわかりやすいですが、
今は棗という小さな茶器の制作に半年かかります。
クオリティを追求すればそれだけ時間とお金がかかるんだけど、
1つの作品に半年間かけることができるようになったのは、チームで作る発想があるからです。
つまり、一人で制作していれば見れない夢を見ることができるようになったことになります。


そして、もう一つ重要なことだと思っている
チームでの制作は人を育てる意味もあります。
僕の工房はホワイト企業を目指していて給料を得て技術が学べる仕組みを作っています。
まだ給料は高くないけど、社会保障とか年金に加入して賃金体系もクリーンです。
作家制作だけで雇用を生み出せるはずという目標を達成しさらに加速するために日々努力しています。

◆作品のクオリティが上がる
◆雇用を生み出せる
◆技術の伝達ができる

誰に何を言われようとも、この3つは事実ですし
作られたものは僕が発想したオリジナルの作品です。
僕が死んでしまえば、作った本人のパーソナリティなんて関係なく
作品が残り、時代のふるいにかけられます。
アーティストとして、歴史的名作を作ることが目標ならば、
今を精一杯生きて、作品のクオリティを上げ続ける発想は正義なのです。