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一緒に仕事をしたいと思える人・したくない人

僕は自由業みたいなものなので、
会社勤めの人より、人付き合いについても自由な部分が多いと思います。
なので、はっきり言って、好きな人としか仕事しないし、嫌だと思えば断ることも多いです。
同時に、お客さんやギャラリーとの関係も「違うな」と思えばやめてしまえばいいと思っています。
誰かに合わせて、消耗して良いものが作れると思わないので。

さて、僕の小さな世界の中でも色々な業種の人と繋がって
物を作って、発表しています。
その中で、当然ながら
「この人、仕事しにくいな」と思う人
「この人のパフォーマンスすごいな」と思う人がいるわけです。
で、この違いとは何かと考えると。

最終的に、一つの究極の要素にまとめることができると思います。
それは、
「昨日のベストの少し先の仕事をしているか」
というのに尽きるのではないでしょうか。
完璧な仕事をできる人はいません。どんなプロフェッショナルだって、
ミスはしますし、ムラがあるのは当然です。
ただ、どの業界にも言えるのは、自分の限界を少しでも越えようと思う人は成長してるし、
結局のところ仕事がしやすいのはそういう人です。

当然、ベストの更新をし続けるのって、苦しいんですよ。
勉強もしなければならないし、失敗のリスクや、コスト計算したら赤字ってこともありますし、、、、
別に外注先に損してほしいとは思ってないけど、
一緒に仕事していて、楽しいのは、やっぱり成長し続けてる人だったり、業者さんなんです。
僕のいる業界は、いい意味でも悪い意味でもアーティスティックな人が多いので、
わがままな人が多いんです。で、平気で締め切り破ったり、パフォーマンス下がったりする人が多いんです。本当に。
僕もプロなので、仕事の内容でどれくらい力入れたか、すぐわかってしまうんです。
それで、長期的に見たら、そういう人や業者は衰退してゆきます。
今はネット社会なので、口コミがとても重要な時代です。伝統工芸の世界ではまだネットが入り込んでない分野も多いから
口コミで人気になったり、反対に衰退することも少ないですが、淘汰の時代はすぐそこまで来ています。
今までのように、代々の知名度や地域的な優位性(有名な産地)で勝負できない時代になります。

そんな時、必ず「一緒に仕事をしたいと思える人」しか生き残って行けないんです。
今回、根付作家の上原万征さんと一緒に仕事させていただいて、
仕事からヒシヒシとプロ意識が伝わってきました。
「またこの人と仕事できたら幸せだな」そう思えました。

だって、この仕事見たら、俄然張り切っちゃいますよ。

活動に一貫性を与えるためには、大量の行動が必要になる

人間は一貫性のある人を信じやすい特徴があります。
例えば、僕が漆芸家だけでなく他に色々な分野に手を出していたら
コレクションしにくい作家になってしまいます。

スポーツもそうですが、間違いなくプロのスポーツ選手は運動神経がずば抜けて良いので、
専門以外のスポーツもうまくこなすことができると思います。
過去、マイケルジョーダンが、なぜかプロ野球選手になったことがありますが、
「そんなことするくらいならバスケをもっと見せてくれよ」と多くの人が思ったでしょう。
つまり、期待されていることを一貫している姿に、人はプロ意識を感じやすいのではないでしょうか。

しかし、一貫していることは常に危険をはらんでもいます。
美術の場合一つの作風で一生食べてゆくのは難しい。
スポーツの世界だって、やはり変化をしながら進む必要があります。
イチローほどの人だって、毎年プレースタイルに変化を持たせなければならないのですし、
美術の世界もピカソほどの巨人があれだけ作風を転回させたのですから感服させられます。

だけど、私たちは生身の人間で、一貫している部分とそうでない部分を同時に持っています。
理想としては一貫していたいのだけど、そうもいかなかったりします。
それに、身近な人だと、ある種の一貫性の無さが、意外性みたいにな魅了になる場合もありますよね。

ネットのメディアが発達してくると、
この一貫性と意外性を上手に伝えられる人が人気を博しているように思います。
毒舌のホリエモンが健康に関する情報をサラリと発言したりすると、
なんだかやけに人間味を感じたりします。
このように、多くの発言の中に見える意外性と一貫性が
ネット上で、ぼんやりと人間性?のようなものを生んでいるような気がするのです。
少なくとも、僕はそれを感じるのです。

パーソナリティを伝えるためには、小さなエピソードの積み重ねが重要で
そのために大量の行動をとる。
それが一貫性や魅力を生むんですよね。
現実の世界でもネット上でも。

漆芸の二つの基軸

特に漆の場合、作品の幅を持たせようとした時に、作品の性質がガラリと変わってしまうアプローチになってしまうことが多いんです。
これは、先にも書いたように、漆という材料が食器として優秀すぎるからなんです。
結果的に、全く違う基軸の作品を作ってしまう場合が多いんです。
でも、実はそれがとても危険で、現代漆芸苦境の原因だと思っています。

荒っぽくいうと、
ベンツと軽自動車は別の会場で売りましょう。
ベンツは軽自動車を作ってはダメです。
というわかりやすい話です。

なぜ今、作品の性質のことを書いているかというと
身近な人に「実用品を作っては?」と言われることがとても多いからなんです。
で、すごく作りたいんですよ。
身近な人に喜んでもらいたいですからね。

でも、割と早い段階で、実用的な漆器をやめたんです。
それは活動の一貫性が保てないからです。
その決断が正しかったかどうかの答えは10年後くらいに出ているでしょうか。

新作コラボ作品の出品情報「しゅきや」

出品情報
根付作家の万征さんとのコラボ酒器作品を出品しております。
作品を展示している「しゅきや」はチケット無しで入れるので、お酒が苦手な方でも気軽にお立ち寄りいただけると思います。
お時間がございましたらよろしくお願いします。

以下 公式プレスより
中田英寿が代表を務める株式会社ACCA は、2018 年4 月20 日(金)~30 日(月・祝)の11 日間、東京・六本木にて、日本全国から選りすぐりの酒蔵が出店し、日本酒の魅力をあじわい尽くせる“SAKE”イベント「CRAFT SAKE WEEK at ROPPONGI HILLS 2018」内にて日本酒酒器専門店「しゅきや」を開店することを決定いたしました。
日本酒酒器専門店「しゅきや」では、国内や海外から様々な評価を得ている工芸作家を選定・開発し、現代の日本酒をより楽しく、美しく味わうことができる酒器を販売します。
今回「しゅきや」に参加するのは、美しい蒔絵のみならず、独自の世界観
が生み出す造形美が相まって、見る者を魅了する作品を数多く手掛ける浅井康宏氏や、梅花皮や石はぜといった陶芸の技法に基づきながら、ファッション、ダンス、自然の原理からもインスピレーションを得て生み出す、独自の表現が国内外で高く評価されている、桑田卓郎氏など、現代を代表する5 人の工芸作家による“しゅきやオリジナル”の酒器を販売します。
出品作家

■浅井康宏(あさい・やすひろ)|漆器(酒器)
浅井が制作する漆芸作品は、その美しい蒔絵のみならず、
独自の世界観が生み出す造形美が相まって、見る者を魅了します。
重要無形文化財「蒔絵」保持者である室瀬和美氏の元で、蒔絵の高い技術を学びました。
今回は8 ヶ月かけて制作された酒器で、浅井による漆芸制作に並行して根付作家、上原万征氏が浅井のデザインに基づいて脚部の金属部分を手がけました。

■桑田卓郎(くわた・たくろう)|陶磁器(クーラー、ぐい呑)
梅花皮(かいらぎ)や石はぜといった陶芸の技法に基づきながら、
ファッション、ダンス、自然の原理からもインスピレーションを得て、
生み出す独自の表現がアート、工芸といった垣根を越えて、高く国内外で評価されています。
クーラー、ぐい呑ともに新作で、多様性に富む現代の食卓に求められるであろう存在をお題として制作されました。昨年よりLOEWE が主催する工芸賞2018 年ファイナリスト。

■佐故龍平(さこ・りゅうへい)|金工(片口、お猪口)
杢目金は、江戸時代に秋田県で生まれた技法で、何層もの色金を加熱圧着し、
彫りや捻りなどを加え、木目状の模様に仕上げ、刀の鍔などの製作に用いられました。
今回は、「常温または冷酒を楽しむ酒器」をお題に佐故が初めて片口を手がけました。
昨年よりLOEWE が主催する工芸賞2018 年ファイナリスト。

■中川周士(なかがわ・しゅうじ)|木工(クーラー、菓子皿、箸)
檜、椹(さわら)といった木材を用い、桶や指物の高度な技術を用いて、
日常木工品から近年では家具も手がけます。また、ドンペリニョンの依頼で制作したシャンパンクーラーは、高く評価され、現在半年待ちの人気です。
今回は、古来日本酒が杉樽で醸造されていたことから着想を得た杉に竹をタガとして用いたオリジナルのクーラーを制作。LOEWE が主催する工芸賞2017 年ファイナリスト。

■新里明士(にいさと・あきお)|磁器(酒器)
「光器」と名付けた光を透す磁器で国内外から評価を受けている新里の作品は、
ロクロで成形した白磁の生地に穴を開けて、穴の部分に透明の釉薬をかけて焼成します。
グラフィカルな模様は独創的で、ひとつひとつ異なります。
まるで宇宙の風景画を眺めているように感じる美しい酒器シリーズをお題に制作された新作群です。

■「ミラノグラス」|磁器
2015 年ミラノ国際博覧会にて中田英寿プロデュースの日本酒バーをオープンした際に、
特別に制作された日本酒グラス。「曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)」の再現に成功し、
海外で個展を開くなど、陶芸の可能性を追求し続ける林恭助氏と中田英寿がプロデュースしました。
見た目のスタイリッシュさに加え、日本酒の香りを最大限に楽しめるよう形にこだわったオリジナルの
グラス型磁器です。

日時: 2018 年4 月20 日(金)~30 日(月・祝) 11 日間
各日12:00~21:00 L.O. 20:30
場所: 六本木ヒルズアリーナ(東京都港区六本木6 丁目10-1)
参加蔵数: 各日10 蔵 計110 蔵
レストラン数: 延べ15 店
料金: CRAFT SAKE スターターセット 3,500 円(酒器グラス+飲食用コイン11 枚)
料金: 追加コイン 1,500 円セット(飲食用コイン10 枚)、3,000 円セット(飲食用コイン22 枚)
※2 回目以降の来場の際は、酒器グラスを持参いただくと、追加コインの購入のみで、お楽しみいただけます。
尚、販売ブース以外でも会場内で販売員が AirPAY(クレジットカード、電子マネー、Apple Pay 含む)を
使用して追加コインを販売しています。
主催: JAPAN CRAFT SAKE COMPANY
協 賛: ネスレ日本株式会社、BMW JAPAN、デサントジャパン株式会社、HUBLOT
協 力: 薩摩川内市(薩摩川内市竹バイオマス産業都市協議会)、Tropical Disco、株式会社 IDO、Air PAY、
株式会社アルテクナ、株式会社ハーベス
後 援: J-WAVE 81.3F、タクシーアプリ「全国タクシー」
会場構成: dot architects
特別協力: 六本木ヒルズ
後援: J-WAVE 81.3FM
チケット販売: PassMarket にて事前販売中 https://passmarket.yahoo.co.jp/…/s…/detail/01hcy0zdig1m.html
ウェブサイト: http://craftsakeweek.com/rh/index.html
公式アプリ : Sakenomy http://www.sakenomy.net/

エネルギア美術賞受賞しました!

中国地方在住または出身の若手芸術家を顕彰する
エネルギア文化・スポーツ財団の「エネルギア美術賞」を受賞しました。
この賞は、作品単位ではなく活動全体を顕彰する賞で、
今までの漆芸に関わる活動全体を評価していただくことができたこと、とても嬉しく思います。

これまで地元鳥取での活動となると
年に一度グループ展に出品させていただくくらいでした。
なので、中国地方の賞をいただけるというのは、難しいと思っていました。
ただ、鳥取での活動として、継続して漆の植栽を行なってきたこと、
現在200本を超える植林ができたこと、
そして昨年から自作は全て鳥取で自ら植栽した漆を使用して制作を開始できたことが評価を得られたように思い、とても光栄に思いました。

僕にとっては、父親とともに育ててきた漆の道への奨励のようで
作品単位での賞とはまた違った喜びがありました。

今後は、やはり地元密着というよりは、
全国や世界にしっかり蒔絵の美しさを伝えてゆく活動が
地元にとっても恩返しになると思うので、それをしっかり加速させてゆきたいと思っております。

今日は授賞式で広島まで行ってきました。
帰りは鳥取に寄って父親とお祝いのお酒を飲もうと思います。

エネルギア文化財団 顕彰者ページ
http://www.gr.energia.co.jp/bunspo/award/cat2.html

美術で食べてゆくために

学校を卒業して美術で食べてゆくために何をすればいいのでしょうか。
ここにきて少し分きたことがあります。
いつか、わかりやすいようにまとめて公開したいと思いますが、とりあえず箇条書きしてみると

○生活リズムを整える
○情報を集める
○コミュニケーションを忘れない
○人に好かれようとしない
○お金にこだわらない
○何をしたって好かれることもあれば、嫌われることを前提にする
○売れたいなら、まず買う
○本心で生きる
○健康的な食生活を整える
○本を読む
○時間を消費しない
○お金は自己投資に使う
○嘘をつかない
○人を巻き込む
○情報を発信する
○作品価格を労力と結び付けない
○愚痴を言う人と距離をおく
○希望に満ちた人とだけ付き合う
○中期目標を明確にする
○中期目標を数値化する
○考える時間を持つ
○美術は長期戦覚悟で挑む
○睡眠はしっかりとる
○夢を持つ

ざっと思い浮かんだこと、継続していることを書きました。
正直に言うと、美術で食べてゆくのは難しいです。
ただ、不可能ではないです。
自分を信じていたら夢は叶うんです。きっと。

明治の超絶技巧はなぜ消えていったのか。で、これからは?

ここ7年くらいでしょうか、
「超絶技巧」と位置付けられた明治工芸、特に技巧がこらさらたものは完全に市民系を得て、
インスパイアされた若手作家も同時多発的に現れています。
ひとえに三年坂美術館館長村田氏の情熱からなる蒐集の賜物で、
時代の雰囲気がそれに追いついたという感想を持ちます。

僕は京都の美術予備校に通っていたことがあって、三年坂美術館になんども通っていた記憶があります。
その時と今とでは明治工芸に対する国内の反応は一変しています。
もともと明治工芸は海外向けに展開された背景があり、そのため、国内に存在していた明治前後の漆作品より、
海外に存在していた作品の質・量ともに上回っていたのが、日本国内での明治工芸の位置付けの低さの原因だったようです。
村田氏の蒐集により、海外の良質な作品が買い戻されたこと、国内に分散していた作品が集められたことにより、
明治工芸の見直しが行われ、現在の超絶技巧ブームにつながってゆき現在に至ります。

さて、そこで一つの謎がうまれます。
明治の超絶技巧はあれだけの繁栄を見せたのに、なぜ短命に終わり、そして長い間国内で忘れ去られていたのか。
しっかりとした見直しが必要ですが、
作家としての目線で明治工芸の宿命を捉えてみると、
まずは、圧倒的な技術とそれを統括するのが、生身の人間であったことが致命的な原因だと思っています。
その当時の制作体制は間違いなく、工房制作です。
つまり、個人作家が一人で作品制作をしているという現在の作家イメージとは少し違っています。
そもそも、美術に関わるいくつもの言葉は明治時代に当てられた造語であり、
西洋文化を取り入れる時、日本独自の文化を無理やり定義したような背景があります。

当時の工房構成図を考えてみると
まずは、棟梁のような人がいます。
この人はプロデューサーであり、セールスマンのような存在でしょう。
制作技術がある場合もあるだろうし、全く制作には携わっていない場合もあるでしょう。
デザインは棟梁が起こす場合もあったかもしれませんが、専門のデザイナーがいたかもしれません。
そして、木地制作部門(外部)があり、塗り部門、加飾部門があったと思われます。
さらに各部門には特化した役職があり、それぞれは工程のプロフェッショナルでした。

さて、この一見合理的な構造ですが、
超絶技巧と呼ばれる細密で豪華な工芸表現が短命に終わってしまう原因にもなります。
つまり棟梁が不在になることで簡単に工房体制を維持できなくなります。
現在見ることができる明治工芸の一級品は作家目線で見ると、どれに何日くらい、そしてどれくらいの人数が携わっていたか想像ができます。
それを考えた時、棟梁を失うと、数ヶ月で経営難に陥ってしまうほどの人件費と材料費がかかっているのです。
現代に置き換えると、宮崎駿監督が監督を務めず、新たなカリスマ的監督が現れない状況で大量の映画を制作するのは難しいようなものです。

一つの工房が解散しても、技術者は存在して新しい棟梁になるなり、一人で制作を続けるにしても
制作規模の維持は難しく、工芸史から超絶技巧は静かに消えていったのでしょう。
その後、公募展が発達し、それは、より個人作家制作を推し進め、現代へと繋がる流れとなります。
振り返って見ると、江戸・幕末から続く超絶技巧が明治時代に加速して消えてゆくことも、
その後、敗戦と美術の西洋コンプレックスの中から生まれた作家主義的な制作形態も必然で、
技術の伝達のためにそれぞれ必要だったように思えます。

ではこれからどのような時代になるのでしょうか。
僕は市場の拡大と技術やコンセプトを個人の力量に収めないことが鍵になってくるように思いますし、
そういう未来を作り上げて、蒔絵の文化を強力にそして長期的に維持できる地盤を作ろうとしています。
そう考える時に海外展開とか海外のブランド戦略みたいな
海外コンプレックスをダイレクトに体現しちゃう。
矛盾です。

「サピエンス全史」これは、、本当にオススメな本です。

書店に行くと〇〇がオススメしてる!!みたいな帯の本をよく見かけますが、
「サピエンス全史」という上下巻の本は、ビルゲイツが絶賛しているみたいです。

ちょっと難しそうなイメージの本で、しかも上下巻という分厚さ、とっつきにくそうだけど、
レビューがかなりいい感じです。

さて、この本のすごいところは、ある意味著者の超主観が入っている部分だと思うのです。
だから、「全史」とありますが、歴史書というより「物語」としてサラサラと頭に入ってきます。
例えば、上巻の前半部分に人類種は複数存在しており、それがホモ・サピエンスを残して全て地球上から消えてしまった。
その理由はホモ・サピエンスの組織力による攻勢であり、他の人類種に無くてホモ・サピエンスが持っていたのは、
物語の力だという著者の考え方。
つまり、何らかの信仰(物語)なり、信念で集団を作ることができたホモ・サピエンスは、
見ず知らずの人とも共通の信仰(物語)を元に組織を形成し戦うことができた。
一方、他の人類種、例えばネアンデルタール人などは、主に家族単位か、その集合体程度の組織力しかなく、
そのため組織力に優れたホモ・サピエンスにより徐々に勢力を弱めて、そして地球上からいなくなった。

すごく、理解しやすいですし、情景が浮かぶストーリーです。
だけど、このストーリーは作者の考え方による仮説ですよね。もちろん発掘物などから
組織の構成などの情報はあるでしょうが、彼らの社会形態を知るすべは極めて少なく、現在の結果から仮説を立てるしかないところも多々あるわけです。

しかし、僕の想像力をかきたててくれる本書は、ただの歴史書ではないのです。
全編がホモ・サピエンスという私たち人類種について書かれているので
私たち人類がどう変化してきたか、そしていかに変化してきていないかを物語のように語りかけてくれます。
つまり、美術を必要としてきた感情であるとか、
資本主義と人間のあり方とか、アートや市場性の教科書のようにも受け止められるのです。
実際、僕はこの本をビジネス書だと思いました。
そして、美術史でもあると思ったのです。

人生というのはたかだかしれた短いものですが、人類の物語から自分の生き方のヒントを得られるような気がします。
最近読んだ一番想像力を掻き立てる本でした。

美術・マーケティング

一見美術とマーケティングという言葉は繋がりにくいイメージで、
作家が制作以外のアプローチをすることを良く思っていない人も多いと思います。
僕はいつも考えていることがあって
それは
「正しいものを」
「正しい人に」
「正しい価格でコレクションしてもらう」

ここでいう正しさというのは、幅広い意味合いがありますが、
おおかた大切な部分をしっかり守り、展開させてゆくには、この正しさが必要だと考えて活動してきました。
そして、この三つがつまり僕なりのマーケティングだと考えています。

まず
正しいものというのは、
漆芸作品制作において、かなり王道というか、古典的な方法を取っているので、
それを貫くことです。
僕の場合、材料へのこだわりが特に強いので、継続的に技術と材料への誠実さを守ること。
けれど、表現は現代的なアプローチを常に模索してゆこうと思っています。
それが蒔絵作品を作る上での正しさでしょう。

正しい人に
最も大切にしている部分なのですが、
「誰に所蔵してもらうか」というのは大切で
僕は信用できる人とか、誠実な人にしか付き合ってゆきたくないです、
なので、所蔵家との人間関係は継続して結んでゆきたいと思っています。

正しい価格でコレクションしてもらう
僕の作品価格は、今後も継続して上がってゆきます。
それは作品の質が確実に上がることと、市場性に対する考え方です。
当然作品の質が上がるということは、人件費や材料費が格段に上がっていて
トータルの制作費は数年前の5倍くらいになっています。
以前の記事にも書きましたが、僕の作品価格は売れた実績に基づいて上がっているので
売れたら次作の価格が上がるし、売れなければ上がることがありません。
なので、できたものの価格を決めるというより
アイテムごとの値段設定が決まっていて、その価格が上がる場合、
そこに追いつくために質を上げて、価格以上の価値を作る必要があります。
そのため、数年で制作費や制作期間が格段に上昇しています。

さて、僕が考えるマーケティングですが、
一般的に「正しいものを」以外は作家の仕事ではないのかもしれません。
「正しい人に、正しい価格でコレクションしてもらう」というのは画商であったり、百貨店の仕事かもしれません。
ただ、実際のところ僕以外の人は、たとえ百貨店であっても
「正しい人に、正しい価格でコレクションしてもらう」ことが必ずしも必要ではありません。
僕が考える正しさを守ってゆくためには、
作家である僕がマーケティンの感覚を大切にする必要があると思うのです。

美しさと用途

用途のためなら美しさを犠牲にしてもいいのでしょうか。
美しさのためなら実用性を犠牲にしてもいいのでしょうか。

僕の制作は、実用性を犠牲にしてきたし、
これからその流れはエスカレートしてゆきます。
ある人から見たら
「使えない漆器なんて」と思われるかもしれませんが、
実用の漆器の歴史と同じく、
美的要素だけのあり方としての漆も日本人が育ててきた文化といって、間違いはありません。

逆に実用的な漆器も使い勝手がいいし、
とても味わい深い愛用の食器となってくれます。
最近、立て続けに用途のある器を作る機会があって、
そこには、極限まで美意識を突き詰めて、実用の器を制作しました。
実際に使って見ると、おそらく雑器という要素はないので
ある部分で気を使わなければ使えない。
言い換えるなら、使う人を選ぶ器を作ったのです。

なぜ、ここまで挑戦的に制作できたかと言えば、
僕の物作りの考え方が、より充実してきたからです。
実は批判される可能性のある作品を作るのはこわいんですよ
さらに売れなかったら、とか、前例がないとか。
リスクが多すぎる気がしました。

だけど、今ならできると思ったんです。
それは、例えば、今すぐに売れなくても全力で作ったものは必ず財産になるし、
どの時代のどこの国でも自信を持って発表できるクオリティの作品ならば、
今の批判など恐れるべきものではないと思ったのです。

ちょっと奇抜でかっこいい酒器
尊敬する根付作家の万征さんと作りました。
全容はもうすぐおしらせします。
お楽しみに!!!!