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過去と未来

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未来がどうなっているかは誰もわからないことだけど、
自分がどのような未来を望むのか、
それなら自分のことだからわかります。
全て自分が思い描いたような未来が訪れることは無いけど、
そこに近づくための努力はできる。

最近、展覧会に出品していることもあり、
たくさんの方と話すことや
また、自分の活動の展望について考える機会が多くて
「未来をどうやったら作れるのか?」みたいな自問自答を繰り返しています。
そして、不安になりそうになる。

制作を続けるという事は新しい世界観の中に自分と作品を突入させるようなもので
新しいフィールドに飛び込んだ時の不安は耐え難いものがあります。
だけど、何かの拍子でそこを突破することができれば、
その不安は過去のものとなってゆきます。
それはもうあっとゆう間に。

結局のところ、僕たちは
過去と現在に縛られて、未来を割り出すことしかできません。
今が居心地がいいならば、
そこに留まっていたいし、
過去を見つめていた方が気が楽なこともあります。

一歩踏み出したら
違う世界が待っています。
痛みを伴う一歩でも、すぐ後ろで
過去の自分が支えてくれていて、
「もうここには戻ってこなくていいんだよ」と言ってくれます。

4月1日
新しい年度
新しい元号が発表されて、
新しい一歩を踏み出す人も多いと思います。

過去にとらわれない未来は明るいはず。

嫉妬してしまうとき

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嫉妬してしまうことってありますか?
ビジネス書を読んでると
「感謝しましょう」とか「基準は自分の中にある」というフレーズがよく出てきます。

だけど、僕は嫉妬心や悔しい気持ち、たくさん持ってます。
そのことは否定する必要がないと思っていて、
要するにそれをパワーにして行けるか、
ただただダークサイドに落ちてゆくかで人生が大きく変わってきます。
例えば、ある事象について深い嫉妬心を抱いたとして
「自分も負けないようにしよう」と思うのと
「あいつめ!失敗しやがれ!」と思うのって
自分が取れる行動が180度変わってしまいますよね。

一方は努力を積み重ね
そして一方はネットで悪口を書く。とか


考えてみると、嫉妬心って
全く手が届かない人には抱きません。
例えば僕が
「北斎め!」
「ビルゲイツめ!」とかなりません。
同じ時代に生きている、自分と近いか、手が届く境遇の人に
抱く感情です。
美術だけに限らず、恋のライバルにも
「あのとき、うまく会話しやがって!」とかですよね。
で、自分もその場にいて、うまく会話するチャンスを掴めなかったことをもどかしく思ってる。
つまり、嫉妬してる相手は
自分が欲しいものを得ていて、その方法を知っていることになります。
だから「なるほど、このような考え方でこう動けば良いのか」と考えを取り入れた方がいいです。

ネットで、うまくいってる人を叩いても、
実生活が豊かになることはあり得ない。
勝手にダークサイドに落ちていくだけです。

嫉妬心をなくすのは難しいけど、
それを力にすることはできます。
むしろ、悔しい思いをバネにして努力を重ねることが自然だと思います。
挑戦していると、必ず辛いことにぶつかり
そんなときに、うまくいっている人をみると羨ましく思います。

成功している人は必ず
見えない努力をしているし
問題にもたくさんぶつかっています。
「羨ましい」と思ったときは
その要素をもらうチャンスだと思って
自分の人生を豊かにしようと考える。

多くのものを得たら、少しは人に優しくなれるはず。
その先に「誰にも嫉妬しない自分」がいるのかもしれないけど、
たぶん新しいステージの誰かに「あの人はすごいな。悔しーーー」と思う自分がいる方がリアルだ。

プロになる瞬間

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専門分野においてプロになるとはどのようなことでしょうか。
僕は学校を出て、室瀬和美先生の元へ修行に行き
「その過程でプロになるのだろう」
という、どこか他力でプロへ移行してゆくように考えていました。

というのも、プロの現場で活動することで
自分にもその緊張感が宿り、気づいたらプロ意識が芽生えると考えていたからです。
だけど、それは微妙に違いました。
実は先生の元で仕事をしている分には、環境の影響もあり
ぐんぐん感覚が伸びて、失敗を繰り返しながらもプロの仕事ができていました。

だけど、独立すると
自分の仕事のペースがうまく作れませんでした。
単純に蒔絵の時間配分をつかむための準備期間が必要だったし、
一人でプロレベルで仕事するのに色々時間がかかってしまいました。

僕がプロになったきっかけは意外な出来事でした。


僕は20代の後半に親戚のおじさんに家紋の蒔絵を頼まれていました。
家紋のパネルができて額装して実家に送り
おじさんにはお礼の手紙をしたためて
母に「この手紙と一緒に渡してください」と伝言しました。

その手紙を読んだ母から電話が(読むのもどうかと思うけどw)
「あの手紙はお母さんが捨てました」
「あなたはプロなのだから、いらない謙遜する必要はないでしょう」
内容はご想像の通り


この度はありがとうございます。
中略
まだまだ未熟な部分はあるかと思いますが、
中略
ご指導をお願いします。


まあ、日本的な謙遜が含まれた内容です。
なんとなく、形式的にへりくだらなければならない気がしたのです。
贈り物には
「つまらないものですが」
受け取る側は
「お気遣いなく」
でも、実際そんなことは必要なくて
最高のものには
「最高のものができました」
受け取るときには
「ありがとう!」
というのが一番気持ち良かったりします。

母が僕の手紙を捨ててくれてから
形式的な手紙を書かなくなりました。
プロになったというきっかけは色々あったけど、
プロとしての生き方の指針となった出来事でした。

作家が犬を飼うべき3つの理由

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作家は犬を飼うべきです
うちには5才になるボーダーコリーがいますその名も「ぶー」(♀)
飼い始めたきっかけは、
東京でシェアハウスをしていた幼馴染の友人と家の更新を機に別々になり
僕は埼玉へ。
埼玉では一軒家だったから、飼ってみたかったボーダーコリーをお迎えすることに。

最初の頃は家のものを色々かじられて大変でした。
中でも驚いたのが、
メガネを破壊されたこと。
そして製作中の酒器を食われたこと。
今となってはいい思い出です。

さて、本題の作家が飼うべき3つの理由をお伝えします。

●その1
定期的に運動ができる
特にフリーランスしていると、生活リズムが崩れたり、
極度の運動不足になったりします。
一日トイレに行くぐらいしか運動しない。なんてことも起こります。
明らかに不健康ですよね。

解決策は、そう。
犬を飼うのです。犬がいれば、定期的に散歩に連れて行ってくれます。
朝と夕方一緒に歩けば、生活リズムも整うし、健康です。

●その2
話し相手ができる
フリーランスあるあるだと思いますが、
1日中誰とも話さないことが割と普通になります。
下手したら1週間くらい家にこもって作業することなんてのもあり、
その間、食事のオーダーくらいしか口を開かないこともあります。
たまに外に出て誰かと話すと、口の周りの筋肉がゴワゴワして上手く話せないこともある。

解決策は、そう。
犬に話すことです。
犬と暮らしていたら、やたらと犬に話しかけます。
「いい子だねー」とか「上手だね!」とかとにかくプラスの言葉が多くなるので
精神的にも良い効果があります。

●その3
怪しさが半減する
僕は埼玉の線路脇の一軒家に住んでいましたが、
普通に考えると、ずっと家にいる30代の男性って得体のしれない「よくわからない人」になってしまいます。
だけど、

そう、犬がいたら話しかけやすい近所の男性になります。
犬を連れて散歩していると、小さい子供や犬好きの人が話しかけてくれます。
「犬を連れたお兄ちゃん」みたいにある種の市民権を得られます。
犬は犬好きの人にすぐ気づくので、自分から近づいてくれるし、
お互い犬を撫でてたら、会話が詰まって気まずいこともありません。

犬は人間関係の潤滑油にもなります。


このように、我が家の「ぶー」は僕の作家人生を豊かにしてくれました。
ずっと家にいて、隣で寝ているだけでも、安心感があります。
寒い夜は一緒に寝れば暖かい。
良いことしかないので、作家は犬を飼うべきなのです。ドン!

30代になっても親のすねをかじり続けた日々のこと。

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恥ずかしくてなかなか言えなかったことですが、
最近気持ちに変化が生まれて、間違っていなかったと思えること。

僕は32歳くらいまで親のすねをかじりながら制作を続けていました。
それはもう、恥ずかしい日々で外では毅然と振舞って、
家に帰ると震えながら作るような日々です。
33歳くらいから何とか制作で生活が細々とつないで行けるようになり、
個展に向かうことができました。
ただ、個展制作でお金が足りなくなると助けてもらいながら作っていたのが内情です。

うちの父親がNTTで定年まで勤めて応援し続けてくれたこと、祖父母の協力が得られたことで
僕の作家活動は続けることができました。
先にも書いた通り、金銭面では20代ボロボロでしたので
祖父母が作るお米と野菜を送ってもらうことで生活費を極限まで抑えていました。

就職を考えなかったわけではなく
過去記事にも書いた通り就職もできなくて (過去記事はこちら
「ああ、もう美術で生きてゆきたい」という悲しみと、開き直りの毎日でした。

その時、付き合っていた人に服を買ってもらったり
飲み屋に行って色々な人に奢ってもらい
料理屋の女将さんに残り物を食べさせてもらっていました。
毎年年末に実家に帰ると母親とユニクロに行き下着を買ってもらう30代男性。。ああ、なんたることでしょうか。

で、今そんなことを書こうと思えるのは、
そのような決断や恥ずかしい日々が今から見るとそこまで間違っていなかったように思えるからです。

まず、そんな日々でも毎日朝から作業をしていました。
その結果、技術力が上がり、多くの新しい技法への挑戦ができました。
就職して漆以外の仕事をしていたら、今の技術の20パーセントにも達していなかったでしょう。

それにお金を得ることはできなかったけど、
ひょっとしたら、周りの人から少しだけ信用を得ていたのかもしれない。
今は社会との接点を作ることができて、少しずつ貢献できるようになりましたが、
その時代に信用してくれていた周りの人たちの心の広さに、感謝しきりです。

だから、信じられる未来があるなのら
常識的な道から外れても、恥ずかしい毎日を送っても
愚直にそれを追い求めてもいいのかもしれないと今では思うし、
僕より若い人にもそう言えるかもしれません。

十分に恩返しができるだろうし、何より楽しみが多い人生に間違いはないように思います。

売れ続ける作家の条件

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「売れ続ける作家の条件って何かありますか?」
百貨店の美術画廊担当者にそういう質問をしてみました。
「そうですね、1つあげるとしたら、変わり続けることですね」


美術の世界で長く生き続けるのはなかなか難しく、
間違いなく10年後には市場の景色は大きく変わっています。
新しい作家が生まれ、ある時期売れていた作家が消えているなんてのはよくあることです。

でも、その中でも活躍し続ける作家もいる。
消えてゆく人、生き残る人の違いは何なのか。
売り手の意見を聞いてみたくなったのです。

「変わり続けること」の後にこう続きました。
「作家特有の印象は残しつつ、以前の個展とはやはり違うと思わせてくれる作家は売れ続けますね」
つまり、全体を通してその人らしさがあり、なおかつ前回と違う挑戦があるということ。
それがないと、「お客様からしても、これも持ってるし、これも持ってる。じゃあ、一番小さいこれをいただきます」
というように、コレクションの幅を持たせられなくなるという。

最近は40代を見据えた作家活動を意識していて、
長期的に成長し続けられる作家として、どのように活動するか考えています。
「作品の印象を大切にしながら変わり続ける」というのはまさに大切にしていることです。
例えば、村上春樹さんの小説は、毎回のように世界観が変化しているのに、
不思議と読後感は「村上春樹を読んだ」という充実感があります。
音楽でも息の長いバンドにはそのような感覚があったりします。

美術作家にもやはり、そういうものが必要で、
ドキドキするような切れ味を毎回更新する必要があります。

それと、作家活動を新人時代、中堅、円熟期
という感じに20年スパンで区切るなら、それぞれに移行期があります。
若手新人時代は応援したいと思ってくれるコレクターさんと一緒に成長することができますが、
中堅作家や円熟期の作家に応援というのは少し違ってきます。
ある部分で、権威や知名度が作品流通の重要な基準になります。
人間国宝に「頑張ってね!応援してるからこの作品かうよ!」とはなりませんからね。

僕はこれから若手から中堅へと移行してゆきます。
そのために色々な挑戦をしてゆこうと思っていて、
その1つは海外へのアプローチです。
漆芸はまだ評価を上げる要素をたくさん秘めていると思っていて、
それを最大化させるための活動を行ってゆきます。

世界に向けた活動の中にも
浅井康宏らしさを構築できて、常に変化と前進を両立できる美意識を育てるのは可能だと思っています。

ここにとどまって安定した作品を作るのは心地いいし、
安心感があるけど、そういう制作活動に明日はないのです。
全然売れなかった時期が長いから、現状を当たり前だと思わないし、
何度でも立ち上がる気持ちがあるので、
もっともっと遠くに行きたくてたまらないんですよね。

未来に向かって小さく始めて大きく育てる

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経験も人脈もお金もない状態で何かに挑戦して、成功するためのコツがあるとしたら
小さく、スピード感を持って動くことです。
これはいろんな伝記を読んでいて気づいたことです。
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ナイキ創業者 フィル・ナイト

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クラフトビール、ブリュードックのジェームズ・ワット)

どのような業界でも、大手に立ち向かうのはかなり難しい。
資金力とか、人脈やノウハウが蓄積されている強敵に無課金状態で立ち向かうようなものです。
だから同じことをせずに、アイデアと時間を味方につけて、
未来に向かって小さくそして、スピーディに活動することを、僕の作家活動の指針にしてきました。

テコの原理のように
小さな力で大きなものを動かすようなイメージです。
僕が行ってきてよかったと思うことを2つ紹介します。

○まず1つ目はブログです。
ブログにお金はほとんどかかりません。サーバー代が年間で数千円かかるだけ。
アメブロやライブドアブログなど、外部サービスを利用すれば無料です。

具体的に良かったと思えることは、
芸術領域としての認知が低い漆芸に関して十分に発信できるメディアを作れたことです。
もちろん作品発表に勝る表現はありませんが、
生身の人間として、どのように作品が作られ、現代をどう捉えながら未来を作ってゆこうとしているのか、
言葉にしたいこともたくさんありました。
それを更新しています。


○紙媒体を作る
前回の個展「ー光をめぐるー」という展覧会で
僕は図録を制作しました、無名の新人の初個展のようなもので。
百貨店が図録を作ってくれるわけもないです。
だから自分で出版社を立ち上げて全てを自分たちで作り上げました。
出版社を立ち上げるまではしなくて良いと思いますが、紙媒体は美術と相性が良いので、できるだけこだわって良いポイントだと思います。

小さな力でスピーディに、かつクオリティの高いものを作るポイントは
○写真の質
○信頼できる友人と一緒に
○クラウドソーシングを使う
○技術力の高い印刷会社を探す

上記の4点です。
まず、写真に関しては、10年以上撮影をお願いしていた
アローアートワークスの中嶋さんに作品が完成したらその都度撮影をお願いし、
作業撮影は星野裕也さんにお願いして、満足のいく画像を揃えることができました。

画像を元に紙媒体に編集するのは友人に協力してもらって
ともに作り上げてゆきました。

クラウドソーシング(ウェブ経由で仕事を依頼する仕組み)で校正を依頼し
印刷会社にデータを納品して図録を完成させました。

このように最小限の力で納得ができる図録を作り上げることができたと思っています。
ノウハウがないから、一から勉強することは多いし、失敗の可能性もあったけど、小さく始めても良い結果が得られる体験でした。


毎日の小さな活動も
色々な方向から眺めて、常に前進を続けたら未来をより明るくできるはずです。

クリエイティブな隙間を作る

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新しい発想を生み出そうとする時に必要なことが2つあります。

○十分なインプット
○クリエイティブな隙間

この2点は実感として作品を作る絶対条件です。

今回はクリエイティブな隙間について書こうと思います。
というのも、今年になってから強く隙間の重要性を感じたからです。
昨年末からグループ展出品作品の追い込みが続き、数ヶ月間休みなしの日々が続いていました。

別にそれは良いのです。
「作業を続けて頑張ってる俺」がいて
そこそこ充実感もある。毎日ジムに行ってるから体も調子を崩すことがない。
でも、問題が1つありました。
新しい図案が全くできなかったのです。
実のところ、僕の作品の作業は、手先が器用で集中力がある人が10人いたらその中のもっとも優秀な人はこなせます。
だけど、僕の作品のデザインを考えられる人間は僕以外にいません。
手の中にある技も大切だけど、それを生かす発想、デザインが生命線なのだけど、
そこに頭が回らな日々が続きました。

僕の中で何が起こっていたかというと
まず、本が読めなくなっていました。
活字から得られる情報のイメージから作品を発想することもできるし
図録を見ることから気づきを得られるけど、それをすることができなかった。

そして、余暇(隙間)を全く作ることができませんでした。
だから、指先に集中しているけど、実はそれは新しい発想に直結していませんでした。
(作業から何かヒラメキを得ることもあるけど、極端に追い込まれた状況ではそれも難しいことを実感しました。)

新しい発想において
○十分なインプット
○クリエイティブな隙間
は必須条件だけど、実は2つとも意図的に得られることです。
ただ、両方とも意図的に時間を作らなければならないのも事実です。
効果が短期的に得られるものではないだけにおろそかになりやすいけど
大切なことでした。

最近通常通りの制作に戻り
インプットと隙間を作ることができて、
アイデアを常時生み出すペースが戻ってきました。

オークションに浅井康宏の作品が!

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オークションに「蔵出漆芸作家 浅井康宏作品 輪島塗螺鈿象嵌蒔絵『山桜』四方卓」が!!
でも、これ僕の作品ではありません。
このブログを書いている時点で、違反申告をして、出品は取り消されています。
リンクが生きていたら下のURLでヤフオクに飛びます。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/g337785602

画像の中で銘が載っていますが
宏という字が見えます。
あとは宏という印。
作品も僕のものではありませんし、
銘の書き方と印も違います。

ちなみに
作品の桐箱の蓋裏に銘を書きますが、最近は制作年を書くようにしています。
あと下の名前だけだと間違えが起こりやすいので、数年前から浅井康宏作と縦書きしています。
展覧会出品作であれば、出品した展覧会も書いています。


今回の出来事ですが、このようなことが起こった場合でも、できるだけ早く対応できるように
以前からオークションのアラート機能に「浅井康宏」と登録していました。
万が一自作が出品されたり、贋作が出た時に素早く対応できるようにしていました。

おかげさまで、出品はすぐに取り消されて
間違って誰かの元に作品が収まることはありませんでした。
今後もこのようなことが起こった時には早く気づいて
対応をとってゆきたいと思います。

何か情報がございましたらご連絡いただけましたら幸いです。

ビジュアルとコンセプト

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今回参加させてもらっている「美の予感」展ですが、
参加作家はみなさん同世代の作家です。
ギャラリートークや懇親会などでたくさん話すと、
つくづく「みんなすごいな!」と思うことが多かったです。

とにかく、30代半ばまで作家として生き抜いているので、
表現はもちろん、コンセプトががっちり構築されているという印象を強く持ったのです。
で、その部分って伝統工芸には弱い部分なのです。
僕のように伝統工芸の世界で生きていると、どうしても誰かに自分の仕事を伝える時に
「技術」と「材料」の話になってしまいます。
いや、それに終始してしまうことがほとんど。
もちろん愛情が強いだけに、そうやって伝えたいし、
受け取る人もその部分に重きを置いてくれていると思うのです。

ただ、もう少し広く「表現内容」や「コンセプト」と言った、美術寄りの話ももう少し話す必要があると感じました。
伝統工芸だからコンセプトが弱いというわけではなく、
話のウェイトが「技術」と「材料」に寄っているだけで
伝えたい、表現したい「コンセプト」もあります。

僕の理想とする表現の形は
圧倒的なビジュアルの中にコンセプトが内在する作品です。
コンセプトはある。だけど、それを前面に押し出す必要はないくらいの圧倒的な美を蒔絵で表現したいんです。
2017年最初に刊行した図録には作品のコンセプトを記したつもりです。
作品をきっかけにその中にある作者の想いも届けられたら良いなと思います。

今回の展覧会に参加したことにより、
もっと自分にとって、そして見てくれる人にどのように僕が作品を通して伝えたいことを
全身で表現することを学びました。