asai-urushi のすべての投稿

京都漆芸研究室 研究生募集要項 一次募集

来年度より開始します漆芸研究機関「京都漆芸研究室」の研究生募集のご案内です。

趣旨
京都において実践的な漆芸技術をプロの水準まで上げ、漆芸で自立することのできる人材育成を目指します。
また、卒業後当工房への就職など、長期的に漆芸に取り組むことのできる環境を作るため京都漆芸研究室を主催します。

条件
1、専門学校、研究所または大学において漆芸の基礎を学んでいること。
2、京都市右京区太秦の研究室に週3日以上通うことができること。

研究内容
1、漆芸の下地作業(乾漆制作・木地の塗)
2、蒔絵
3、螺鈿

研究期間
2年間

研究開始
2019年4月

募集人数
2名

道具
工房制作に用いる消耗品、材料は全て支給する。

成果物買取について
当研究室では、工房制作課題の成果物の買取を行います。
サイズやデザインにより買取価格は変化します。(産地における一般的な作業費を基準とする)
基準になる価格は以下

箱の塗 12万円
香合の塗 4万円
お椀・酒器の塗 8千円
小物の加飾 25万円

選考
一次試験 ポートフォリオ提出 履歴書提出
二次試験 簡易な実技 面接

一次募集期間
一次試験提出締め切り10月30日

面接、実技の日程は書類精査後に連絡致します。

お問い合わせ
メール studio_zipangu.y@ksj.biglobe.ne.jp
電話 075-468-9487
(電話対応 平日10:00〜18:00 火曜日のみ14:00〜18:00)

616-8157
京都市右京区太秦御所ノ内町26-1

見学も随時受け付けます、お気軽にメールください。

古典と歴史を学ぶ単純な理由

僕の工房にはたくさんの図録や美術関係の書籍があります。
現代美術から古典的な美術書があって、工芸関係が多いけど、幅広く集めています。
古いものや、歴史から学ぶことは多くて、今でも工芸史には関心があります。

最新の美意識を作っているのになぜ古いものを勉強しなければならないのでしょうか。
少なくとも技法的な知識は必要としても、工芸史まで網羅する必要とは何か。
僕の答えは
その時の最新トレンドを体験したいという単純だものです。
ものを見て学ぶことは多いけど、その背景を知らなければ、なぜその時代に美術の潮流はその方向に流れていたのかわかりません。
潮流を学ぶ理由は、現代にどれだけ応用できるかの一点です。

例えば、美術史的に見ると
千利休という人が、ただの茶人ではないことがわかります。
利休が行ったことはお茶を介したコミュニティの創造です。
具体的に説明すると、お茶を教えると言う立場から多数の実力者を集めたサロンを作り
そこで新しい美意識の流布を行います。
自分のブランド印のついた関連商品を発表し販売します。
文化は幅広く広がり、現在でも茶道という体系において利休の影響力は色濃いのでそのブランド力たるや強力です。
つまり、道具や作法を超えたコミュニケーションの場であり続けるから時代が移っても色あせない本流があるのです。
日本の美術史上空前のブランドを作った利休も戦国の歴史の中で縦横無尽に活動したことがわかります。

利休をただの茶坊主として見るのではなく、稀代のブランドメーカーとし眺めると
途端に美術しが面白くなりませんか。

時代は下って昭和に入り利休のビジネスモデルを使った巨人がいます。
魯山人もおそらく利休のブランド手法を意識していたのではないかと思っています。
魯山人は陶芸家という印象が強いですが、書家、料理人、評論家といった色々な顔を持っています。
陶芸家としては実際に手を動かすのではなく、卓越したプロデューサーという存在で
膨大な作品を作り上げました。
魯山人が仕組んだコミュニティの媒体は食でした。
高級美食倶楽部を作り、財界にコミットし自らプロデュースした器の価値を高めて行きました。

このように、利休を茶人、魯山人を陶芸家として見るのではなく
時代といかにコミットしていったかという側面を捉えるためには、歴史的背景と
その後の影響力を考えて見る必要があります。
もちろんその時代の最先端だったから爆発的なブームを生んだんだけど、その前段階となる人と事、時代背景があったはずです。
そのあたりを学ぶために、古典と歴史は必要になります。

古いものはすでに答えが出たものではなく、これからのヒントにもなります。

営業すること

美術と営業、一見かけ離れた言葉に感じます。
いや、かけ離れていて欲しいと思いたい人が大半なのではないでしょうか。
「作家の仕事は作ることであって、それを売りに歩くなんて間違ってる」そう思いませんか。
実のところ、作家の仕事とはいい作品を作ることではありません。
いい作品を作るのは当たり前で、それをいかに知ってもらうか。というのが作家の仕事だとつくづく感じます。
そのために営業は必要なのか?

今回の記事は僕の美術と営業の考え方をまとめてゆこうと思います。
※ちなみに今回の営業とは画廊への売り込みについて書きました。※

◎美術における営業とは

営業という言葉、どこかで知らない人の家のドアを叩いて商品を売り込むイメージありませんか?
これは飛び込み営業という古〜い営業方法で、効率悪くて消耗も激しいので美術に向いていません。
美術における営業とは、人間関係を作ることです。
どのような業界でもそうなのですが、裾野の広い業界でもキーパーソンはそんなにいません。
つまり数人とか十数人の実力者によって業界が回っています。
この人たちと知り合いになれば、話が早く、それが自然と営業になってゆきます。

◎では、どう知り合えばいいのか

いくつかの方法があります。
まずは、発見してもらう方法。
簡単な話、見つけてもらって声をかけてもらえればいいのです。
方法は三つ
1、卒業作品展で見つけてもらう
2、公募展や個展で見つけてもらう
3、snsや他のメディア媒体で見つけてもらう

1の卒業作品展は主に芸大出身の場合効力を発揮すると思います。他の大学だとそもそも見てもらえるかわかりません。
芸大の卒展に限っては高い確率で美術関係者が集まるので、そこで目に止まることができたら営業成功ですね。
2の公募展や個展は公募展出品作を気に入ってもらう、個展で作品を気に入ってもらうということ。
3は現代特有なのですが、FecebookとかTwitterで見つけてもらうこともできます。僕もsnsでたくさんの作家さんと出会いました。

ただし、この見つけてもらう方法は、他人任せで自分ができることは限られています。
公募展とか卒業作品展などは多くの作品が同時に展示されるので、実際作品を見つけにくいのです。
例えるならば、同時展示されている状況というのは、路上ライブのようなものです。
どんなに音楽好きでも路上ライブから有能なミュージシャン見つけるのは難易度が高すぎます。
よほど目立っていてタイミングがぴったりでないと難しいのが、見つけてもらう営業法ですね。

◎足を運ぶこと

自分でできる営業法
そして再現性のある営業法
それは足を運ぶことです。
営業とは自分の商品を売り込むことだと思われていますが、
僕は逆に相手を知ることだと思っています。
だから自分の好きなギャラリーには何度も足を運んで
作家やギャラリストの話を聞きに行きます。
別に相手に影響される必要はありませんが、その人がどのような人かは重要です。
例えば企画画廊の個展となると、少なくとも10人前後の人が動きます。
百貨店の個展はさらに多くの人が動くことになります。
なので、お互いがしっかりと知り合っていなければ
「さあ個展をしましょう」とはなりません。

あとは小山登美夫さんの著書にも書かれていましたが
個展の機会は作家からの紹介が多いようです。
つまり、信用できる人の知り合いがということですね。
もりろん実力があるのが前提ですが、この言葉からも人間関係での成り立ちがはっきりします。

◎けっきょく

最初の話に戻りますが、美術における営業とは人間関係を作ることです。
それには時間がかかるし、傷つかなければならない時もあります。
いい作品を作るのは当たり前で、それをいかに知ってもらうかという時に
じゃあ自分はどれだけ相手のことを理解しようとしているのか。相手に何を提供できるのか。
つまりは、自分という人間と出会うことでどれだけの人の人生に少しの変化と幸せを作り出せるのか
それが美術に限らず営業の本質だと思うのです。

個展の詳細を少しずつ紹介してゆくよ

個展の打ち合わせをおこなってきました。
会期は2021年秋!
場所は池袋西武本店です。

まず、これだけ先の予定に組み込んでいただけたことに感謝です。
制作目標点数は35点
タイトルは今の所「浅井康宏漆芸展 -光をめぐるⅡ-」にしようかなと思っています。
今回の個展では、企画側、つまり西武百貨店さんも前のめりになってくれていて
僕のやりたい具体案がほぼ通った形でした。

具体的には
◯図録制作
◯会期
もっとあるけど、今は内緒ですw

図録制作については初個展図録をパワーアップさせた内容にしたいと思うので
前回同様、出版段階から深く関わってゆこうと思います。
会期は暑すぎる時期と寒すぎる時期は、やっぱり見てもらうためにもしんどいので
秋に合わせていただけました。


さて、この内容を工房に持ち帰ると
「35点!?作れるイメージが全然もてません」
まあ、そうなんです。
現在4ヶ月で1作品作っているような状況なので、三年間で35点というのは
かなりのハイペースです。

ただ、現在挑戦している内容が花開くのは2年後だと思っています。
工房体制で制作していて、それが徐々に形になるのがちょうど個展前です。
最高の形で個展制作に挑めるのでは?

目標は高く持って、現在見たことないような景色を、僕にしか見えない景色を見たいです。

自尊心を失わないために、あなたができること

僕が長期的に漆工芸の世界で活動することができた理由の一つに
自尊心を失わなかったことがあります。
自尊心とは

自尊心(じそんしん)とは、心理学的には自己に対して一般化された肯定的な態度である[注 1]。英語のままセルフ・エスティーム(英: self-esteem)とも呼ばれる。
ここでは社会心理学における自己の概念に関して、育み維持される自己評価や、あるいは「ありのままの自己を尊重し受け入れる」態度とする。

(引用:wikipedia)

簡単にいうと、自分を肯定する力だと思います。
よく言う「根拠のない自信」もすなわち自尊心でしょう。
美術に限らず、自尊心を持って生きてゆくことは、仕事においても、生活全般においても大切です。
ところが、保ち続けるのが難しいものなのかもしれません。
かもしれないと言うのは、僕自身が、過度に自尊心を失いにくい性格だからです。
漆において、自分が「この仕事をやっていくのは難しいかもしれない」と思ったことは一度もなくて、
「必ず成功する」と言う確信は高校生の時に抱いた感情と一切変化していません。
まさに根拠のない自信です。

しかし、フリーランスで活動している人や
これからフリーランスを目指している人には、将来への不安を抱えている人
なかなかスタートがきれない人が多いように思います。
確かに不安定な立場に身を置くのは勇気がいるかもしれません。
なぜかと言うと、自尊心は得ることより失うことの方が簡単だからです。
例えば、
貧困や失敗によって自尊心は失われます。
やたら貧乏で食べるものにも困っている状況で
「自分は必ずできる!」って言うのは難しいのかもしれない。
何度挑戦してそれが失敗している最中に
「俺って天才じゃん」て思いにくい。

周りの目を気にしたら、結構恥ずかしい状況において
ポジティブな自分でい続けるのは、ハードル高いですよね。
ただ、はっきり言って周りの人間は自分が思っているより、誰かのことを気にしたりしない。
ユニクロを着て安いご飯食べてることなんてどうでもいいことです。
貧乏でも頑張ってたら誰かがご飯食べさせてくれるし。色々助けてもらえます。そう、自尊心さえ失わなければ。

とは言っても、自尊心ってただ存在しているものでも、保たれるものでもなく
努力という栄養で育ち、保たれるものです。
「根拠のない」と言っていても、そこには根拠があります。
毎日の努力と、積み重ねてきた時間が自尊心における自分ができる唯一の再現性です。

成果を出せるまでには自尊心が必要で、自尊心は努力によって保たれ、育てられる。
うまくいかない時はあるけど、それでもまた明日、嬉々として休まず仕事するのが大切。これからもずっとそう。

初心は忘れてしまうもの

初心を忘れないでいたいものだけど、
それってとても難しい。
僕自身、高校生の時みたいな好奇心に満ちた毎日で漆に向き合うことはできません。
だから作品一つ一つに新しい挑戦を埋め込んで、チャレンジし続けているのだと思います。

僕は工房制作を加速させています。
つまり、数人で一つの作品を作っています。
工房制作については、いろいろな意見があって
「一人のアーティストが全て作らないなんて!」と思われるかもしれないけど、
どんな個人作家だって、キャンバスの布織りから始める人はいないわけで、
アナログな伝統工芸の世界で、作品のクオリティを上げるために多人数で取り組むというのは
今後さら必要になってくるように思います。

話が逸れたけど、工房制作をしていると
いろいろな悩みが生じてきます。
お金の悩み人間関係の悩みに終始しますが、
お金の悩みよりは人間関係の悩みの方が、後を引きます。
人間はどんな環境だって、慣れが生じ、初心を忘れ
その環境にどっぷりと浸かってゆきます。
それがいい場合もあるけど、大抵は怠惰になったり
いらないミスをしたりします。

僕がそうでした。
憧れ尽くして弟子入りしたけど、初心を保つことの難しさと戦い続けた修行期間でした。
結局、体調を悪くしてしまったのは、気持ちの整理をできないまま走り続けたからです。

先日、村上隆さんのトークイベントを聴きに行きました。
村上さんのキャリアの説明と、多人数制作の説明。それと、日本における現代美術市場への諦めという内容でした。
村上さんのスタジオは多くの部門があり総勢250人前後のスタッフを抱えています。
著書を読むと、初期は給料もなく、スタッフが突然いなくなったりするような厳しい環境だったようです。
今でもきっと新しい人が夢を持ってスタジオに入っては、いろいろな理由から去って行っていることでしょう。

どんなに強く思い描いても継続して努力をしてゆくことは難しいのです。
欲が出て、怠惰になり、現状に不満を感じます。
その中で努力し続けることができる、ほんの一握りの人だけしか生き残れません。
初心なんか忘れてもいいけど、努力を忘れてしまって、続けられる世界じゃない。
美術の世界は時に輝いて見えるけど、中の人は生身の人間で
毎日、地を這うような活動をしています。
京都の活動も一年が過ぎて、また新しい葛藤の中で作っています。

チームで作るという壁に毎日挑んでいる今日この頃。

(悲報)売れすぎて、売り切れてしまった「黒タコキュウ」 ※漆関係者限定記事

以前二回も記事にした漆の持ち手に使う吸盤「タコキュウ」 過去記事はこちら

記事出した直後に値上がりはあったけど、
その時はまだ二個セットで安かったんです。
しかし、今は通常のタコキュウと同じくらいの価格帯になってしまいました。
(最初に紹介したリンクが売り切れて、現在価格の商品しか無くなってしまった。。)

↑この商品です。
過去記事に書いた通り、漆用の赤いタコキュウは使用期間が短いのです。
ゴムの性質が劣化しやすく、吸着性が落ちて、角が溶けるように劣化してゆきます。

アマゾンで見つけた代用品「黒タコキュウ」は本家とゴムの質が少し違います。
しっとりと柔らかいゴムが使われていて、今の所劣化が見られません。
今後どう変化するのか、本家より長持ちするのかはわかりませんが、
価格がお得なものではなくなってしまったので、オススメ度は急落です。

また再販されるのを切に望みます。
まあ、価格は変わらないけど、本家より高品質な気がしています。
すぐにタコキュウが必要な人はお試しで一度黒タコキュウを購入するのもありかもしれません。

ちょっと変な蒔絵の道具

「鯛牙」タイキと呼んでいます。
字のごとく、鯛の牙を棒にくっつけただけのわかりやすい道具です。
どのように使うかというと、
蒔絵の金粉を磨いてががやかせるために、先端の牙の部分を擦りつけて磨いてゆきます。

蒔絵の金粉というのは、球状の粒子を蒔いてゆくので
そのままでは乱反射し光を放ちません。
きな粉みたいな黄色い粉なので、それだけでは全く美しくないのです。
それを輝かせるために、普通は炭で研ぎあげてツヤを与えてゆきますが、
どうしても届かない隙間がある場合
この「鯛牙」が登場します。

蒔絵道具には「鯛牙」より少し大きな「犬牙」というのもあります。
こちらも字のごとく、犬の牙を使った道具です。
ちなみに僕は持っていません。
たぶんどの材料屋さんにも売っていないでしょう。
ということは、自分で作る道具です。
犬の牙。。。。

ぶーが死んだら、前歯を一本頂こうかしら。
死んでからも僕の道具としてずっと作業テーブルにいてもらおうかしら。

友人5人の平均が自分である

本を読んでいるとたまに出てくる
「身近な五人の友人の年収の平均が自分の年収である」
これ、おおかた当てはまっているのではないでしょうか。
ここではお金のことをいっていますが、他にも考え方や、言葉遣いなど
細かなことも、自分の友人5人の平均のように思えます。

実のところ、この仮説は理にかなっていて
自分の居場所によって周辺の人間関係って変化してゆきます。
例えば、学生時代は毎日、牛丼を友達と食べに行ってたのに
今ではあまり食べなくなった。とか
趣味や嗜好なども、タバコ吸う人の周りは喫煙率高いし
お酒の趣味や音楽の趣味もふんわりと固まっていたりします。

なぜそういうことが起こるのかというと
単純に似た者同士が集まるという理由や、経済状況による趣味や
住んでいる場所などが関係しているのでしょう。

ということは、自分よりお金持ちの友達が周辺に5人いれば
自分の年収も上がってゆくはずです。
単純にその通りで、手の込んだ料理やエンターテイメントに触れる機会が増えれば
それだけ発想が豊かになるし、
何より自分の限界値が上昇してゆきます。

無理することはないけど、
環境を変えたいと思ったら自分の周りの人間関係を見直してみることは大切です。
実感として
愚痴の多い作家の飲み会に行かなくなったら随分と楽になったし、
そのうち夢に満ち溢れた作家としか話が合わなくなりました。
自分の周りの人間関係を含め
現在の状況は、ある意味自分が選び取ったいつかの未来だから、
環境を変えることも、自分が変わることもできるんですよね。

便利さに飛びつくこと

ネットやスマートフォンのおかげで色々なことが、スマートに、スピーディに動くようになりました。
一方で、その便利さに少し戸惑う気持ちもあります。いや、過去にはありました。

「これ、本当に信じていいのだろうか」っていう気持ちありますよね。
例えば、クレジットカードについて
「使いすぎが怖い」とか「落としたら怖い」とか
デメリットを考えると、危険な代物に見えて来ます。
ネットバンクだって、銀行に行かずに画面でお金動かすなんてATM以外、今までにない経験です。

これらのサービスは便利でコストも安いです。
使い慣れれば、スマートフォンから数分で送金や確認が行えるので、
銀行の営業時間を気にする生活から多少おさらばできます。
(窓口に行かなければならない業務も少しだけ残ってはいます)
クレジットカードもお得なので、ほぼ僕の場合現金を使わなくなりました。
会社によってサービスも違うと思うけど、買い物でポイントが貯まるので、現金よりお得です。
海外でも共通して使えるから、外貨を持たずに外国に行っても普通に活動できます。


だけど、僕が昔から新しいサービスに関心を持っていたかといえばそうでもなくて
スマートフォンデビューしたのもSNSデビューもそこまで早くありませんでした。
「新しいものに飛びつくなんてクールじゃないぜ」みたいなところがありましたね。

それが、スマートフォンに変えて見て、あらゆることが小さなデバイス一つでできることに衝撃を受けて
それからは、生活の色々な場面をスマート化してゆきました。

◯本はデジタルへ
◯スクラップブックはカメラで保存
◯キャッシュレス化
◯銀行をネットバンクへ
◯辞書はネット
◯レンタルショップはAmazon
◯工具や道具類は専門のネットショップで購入

このようにいくつかの行動を手元でできるようになった感想は
「便利」の一言
何かを失っていると言われるかもしれないけど、
膨大な時間がかかる仕事をしているから、それ以外の時間をスマートにして
仕事の時間に当てることができている、間違いなく仕事の質は上がっていて、それは僕にとって正義です。

今後も新しい技術が出て来たら、迷わず飛びつこうと思います。
どうせ生活における技術開発は誰にも止められないのだから、さっさと乗ってしまったほうがお得です。