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理想と現実との距離

理想と現実
その間にある距離はどのくらいですか?
それは人によって違うと思うけど、
僕はその距離感を感じるのが下手なんです。

つまり、理想だと思う状態が現実だと思い込んでしまうんです。
もしくは、近い将来は理想の状態だと思い込んでいるんです。
「現実を見ろよ」と言われたら元も子もないし、
はっきり言って現実が見えていない馬鹿野郎かもしれませんが、
いつ頃からか、その妙な楽観的感覚は武器なのだと思うようになりました。

だって、生きていることって不安だらけです。
なんとなく、明日も今日みたいな日が続いてゆくと思っているけど、
現実はそうなっていなくて、
でも、どうにか明日が来ることを願っています。
安心したいと思うけど、理想を現実にしようとすると
安心な明日とは似ていない表情をした未来がやってきます。たぶん。

だけど、理想に向かって目をつぶって飛び出してしまえば
なんとかなることの方が多いように思うのです。
明日は、明後日は、来年は
違う自分になっていたいと思います。

ダメだったら、その時は、できるまで続ける自分がいて
現実が見えてない状態で走り続けていると思います。
年末だから、今年のこと、来年のことを考えたりします。

いつだって僕らは心の問題を解決できない

時代が変わって、技術が進歩しても
人間が持つ人間らしさは変わってなくて、
いつだって僕らは心の問題を解決できてないのだと思います。
100年も経つと、街の様子は様変わりするだろうけど、
きっとその時生きている人たちは、僕たちと同じことに悩み
苦しんでいるのだと思う。

だからきっと、美は人間にとって必要なもので
知識は必要だけど、過去の名作を理解することができる。
だって、美術とか芸術は人間らしい部分が多くて
時代をこえて理解できる部分も多いでしょう。

最近、僕の制作テーマは
「生きていることの称賛」というモワッとしたもので
それはつまり、個人的には問題の解決だと思ってます。

「なんだそりゃ?」
ってかんじだけど、朝日を見たとき、
夕日を見たとき、綺麗な三日月。
好きな人。
個人的な光を形にできるんじゃないか。
そして永遠に近い形で保存できるのではないか。
その光は、誰かと共有できるはずだ。
そんな仮説のもと作っています。

これから先もいつだって、心の中の問題は解決されないまま人類は歩んでゆくけど
ずっと先にでも
「ああ、あの時代にこんな光を作ったやつがいたんだな」と思ってくれる人がいたらいいと思うのです。
もちろん、僕自身もその光を浴び続けていたいし、
力づくでも共有したい美なんですよね。

忙し時にとる休みとはどんなものか

僕は自営業なので、仕事のメニューは全て決めることができます。
とは言っても、ブログを読んでくれている人はご存知だと思いますが、
わりと規則的な毎日を過ごしているし、週の休みも少なめです。
最近はすごく忙しくて、本当なら日曜日も働きたくてたまりません。

でも、そこで心を鬼にして日曜日に休みを取っています
当たり前のことに思えるかもしれませんが、工程が多い作品を作る時には1日に一工程でも進めておきたくなるのです。
だけど、日曜日には休んでみています。
というのも、際限なく作業を繰り返すより1日リフレッシュできる、
全く漆に関わらない日を作ってみて作業効率がどうなるか試してみたいんです。
それもこの忙しい時に。

結果はどうなるかわかりませんが、
オンとオフをしっかり切り替えることは長期的にみても短期的にも仕事効率の面で最善だと言われているので
試す価値はあると思います。

でもね、結局休みの日でも色々リサーチしたり
考え事したりしてるんですよね。
自分の一番やりたいことが仕事だと、全てが仕事であり、趣味?でもあるんですね。

オンもオフも楽しいですね。

大人になるとどんどん自由になる

子供の頃、大人になるってどういう感じだと思っていましたか?
僕は大人っていうのは自由なものだと思っていました。
周りに自由な大人がいたというわけではなく、ただ漠然と。

結果的に僕は自由な大人になりました。
ある意味で自由業とも言えるような「作家」という職業であるから、極端に言えば自分の好きな時に好きなだけ働けます。
ただ、僕の場合仕事開始時間が固定されているので、会社勤めをしている人と変わらないワークスタイルです。
ではなぜここまで自由を感じていられるのか。
それは、単純に好きなことを仕事にしているからだと思っています。
極端に言えば、好きなことしかしていません。

大人になるというイメージが自由であるか、そうでないかというので青春時代の過ごし方が変わるような気がしていて
よくいう「社会人になると遊べないから今しっかり遊ぶ」という大学生。
はっきり言って「大人になった方が遊べるから、今はしっかり学べ」と言いたいです。
大人になって自分でお金を稼げるようになる方が、遊べるのは当然です。
時間も働き方によっては、自由にもできるでしょう。

僕の場合、利益率の極端に低い仕事をしているので、現段階でそんなに自由なお金は持っていないけど
それでも学生時代よりはマシになりました。
そして、最も大切なことですが好きなことを仕事にしていると、
仕事が趣味のようなものなのです。
ライフワークバランスの大切さが謳われる昨今ですが、
時間を忘れて没頭できることに毎日たずさわれているから、苦しさはありません。

何より朝起きた時に「さあ、今日も仕事するぞ!!」と心から思えるし、
毎日ワクワクできます。
そして自由を感じます。
締め切りだらけだけし、ストレスも多い仕事だけど
生きている実感があります。

自由には色々な形があると思うけど
朝から働いて夢を形にしてゆくことにも自由さを見出せます。
明日はもっと自由だし、10年後にはもっともっと自由な自分がいると思います。

ブログが、、、

最近あまりブログを書けなくなりました。
単純に時間がないというのと、
生活スタイルに少し変化があって、ブログを書くルーティンに変化が生まれたからです。

で、今ブログを書く新しいルーティンとして、「スマホから移動時間に書く」に挑戦してるのですが、やってしまいました。
書いたのに消えてしまいました。
なので、失敗しちゃったことを書いてます。

これからはスマホからもちょくちょく短文をアップして行きます。

11.13は「うるしの日」「漆祭り」

11月13日といったら
「うるしの日」「漆祭り」です。
ん?知らない?

そうですよね。すごくマイナーな記念日ですから。
ただ、全国の漆コースのある美大・芸大では
「漆祭り」をしていたりします。
僕の母校では、祭壇を作り、お祓いをしてその後飲み会などをしていました。

で、その「うるしの日」の中心地、発祥の地が京都にあります。
法輪寺と言って「13参り」の有名なお寺ですが、
漆にゆかりのあるお寺でもあります。

うるしの日

日本漆工芸協会が1985(昭和60)年に制定。

平安時代のこの日に、文徳天皇の第一皇子・惟喬親王が京都・嵐山の法輪寺に参籠し、その満願の日のこの日に漆の製法を菩薩から伝授したとされる伝説から。

この日は、以前から漆関係者の祭日で、 親方が職人に酒や菓子などを配り労をねぎらう日であった。

(参照元 http://www.nnh.to/11/13.html

この日法輪寺では、
奉納と狂言が行われます
今年はそれに参加して参りました。

漆ゆかりのお寺のお膝元で毎日仕事ができることに感謝です。

マインドフルネス・瞑想・なんだかなあ。。

僕は知識から入る癖があって、気になったことは本を読んで知識を得てから行動することが多いです。
例えば、中学の頃からギターを弾いていたのですが、それもギター雑誌を読みまくってギターを選び
そしてとにかく本を読んで色々と知識をつけました。
「弾いて覚えろ」と思われるかもしれませんが、とにかく知識を先行させたいタイプなんです。

最近気になっているのが、休息方法です。
それこそ「休めよ!」って感じですが、
仕事がすごく好きなので、あまり休息をとれないのです。
なので、とにかく休息のヒントになるような本を読みまくっています。
すると、、、
出てくるキーワードが
マインドフルネス
瞑想
認識としてはほぼ同じものだと思ってますが、
言葉の響きが良いのか、最近はマインドフルネスというリラックス方法というか、まあ瞑想が流行りまくっています。
このマインドフルネス、著名人も実践していたというお墨付きで
スティーブ・ジョブズもやっていた!
とか
グーグルも取り入れている!
とか、とにかく海外で流行ってるよ!という見出しが多い。
何冊か読んだら、だいたい内容と方法はわかるので、他の休息方法の本を読んでみるのですが、
最近の本だとやはり現れてくるマインドフルネス
まあ、わからなくもないですよ。
瞑想ってのは歴史があって、ちょっと神秘的で。。
でもさ、ここまでごり押しするかね?

騙されたと思ってやってみたらいいんだろうけど
毎日美味しいもの食べて、よく寝てたら疲れなくなったよ。
とにかく、マインドフルネスは後回しとなりました。

それより、
作業中のゾーンに入ってるような状態や
無心で作ってる状態ってマインドフルネスなんじゃないかと思ったりもするんです。
祈ってる状態やお経唱えてる状態に近いと思うんだけど、どうかしら?

「いつ伝統工芸展やめるの?」

最近よく聞かれる質問
「いつ伝統工芸展やめるの?」
この質問にはたくさんの意味が含まれていると思っていて、
考える部分も多いのです。

結論から言うと
「やめないよ」と言うのが僕の答えで
そこには、高校時代からもつ憧れや
やっぱり、伝統工芸展のフィールドで戦ってゆくことの意味というのも感じています。

ただ、全体的に美術に携わる人の公募展離れも進んでいること
発表の場が公募展のみだった頃から個展やアートフェアなど加速する過渡期に公募展制作が時間と制作資金の大半を公募展に向けることは、死活問題にもなってきます。
側から見たら「公募展の旨みとはなんだ?」となるのは当然です。
特に海外から見たら、独特の進化を遂げている公募展は
「ガラパゴス化した工芸のカタチ」にしか見えないでしょう。

確かに、大きな公募展になると、その歴史は半世紀以上になっており
発足時の先輩はすでになく、その次の次の世代となっています。
当然、意識も黎明期のそれとは違うし、それが美術の当然の流れといえばそうなんだけど、
「じゃあ、本当にその先に光はあるのか?」というと
そうじゃない部分もたくさんあって、迷うんです。

でも、やっぱり自分の限界の少し先のものを作りたくなる場として考えれば理想的だし
それだけでも意味があると思うのです。

「いつ伝統工芸展やめるの?」という問いには
「日本基準の造形から脱しろ」というメッセージも含まれていて
それを見せる準備はずっと前からしています。
最高の蒔絵表現を圧倒的な造形で作ってみせますよ。

とにかく
「やめないよ!」

三十代の作家

ある種の天才を除いたら
美術の世界は長期戦なので、知名度が上がるのは
だいたい三十代くらいだと思っていて、その間当然無名時代があり
そこを全力で駆け抜ける必要があるわけです。

感覚的に僕が「同世代だな」と思える人って、一般的に考えられているより幅が広いかもしれないけど、
自分の年齢の上下5歳くらいで、その世代の人の作品や活動はとても気になるし、刺激もたくさんもらっています。

そして、自然に仲良くなったりするんだけど、
ある部分で共通点があると思うのです。
それは
「傷」です。

この年代になると、10年以上のキャリアがあるわけで
間違いなく、賞賛の何十倍や何百倍もの否定や無関心、心ない言葉を受け止めてきた人なのです。
それを二十代の間ずっと受け止めて、そして少しずつ作品と自分が社会に同期できてきたというか
距離感が取れるのが三十代前後なのです。

それが、ある種の人間的な迫力というか、
圧倒的な悲しみをくぐり抜けてきたから、魅力的なんです。

苦労したから良いみたいなことが言いたいのではなく
同じ傷があり、それでも諦めなかった強い気持ちが作品に現れている。
ちょっと抽象的な文章になっちゃったけど、
「ああ、この人はすごいな」と思える作家さんが多い年代にまで、美術の世界にいられたことに感謝しています。

伝統漆芸展に入選しました!

第35回日本伝統漆芸展に新作
青貝棗が入選しました!

内心不安だったんです。だって、小さい作品だったから「今回は落ちるかも」という気持ちも少しだけありました。
今回は入選ハガキが届く前にネットで確認することができたので、入落通知が届くまでのドキドキ期間も短くすみました。

さて、この青貝棗ですが、実は僕の作品の中で最も時間とお金がかかった作品であります。
なぜ?と思われるでしょうが、この作品は去年の年末から制作(加飾)をスタートさせていました。
では、なぜそれほど時間がかかってしまったかというと、ランダムな小さい貝のかけらを貼っていく作業が
とても非効率で単純作業なのだけど、技術的な熟練度に合わせた効率がはかれないのです。

指の爪くらいの大きさの面積の作業が8時間とか平気でかかって来ました。
で、それに作業をスタートした段階では気づかなかったのです。
数日作業してみて
「これは、、、、まずいな」と気がつきました。
そこで、個展に間に合わせるために夜勤スタッフをお願いして、完成を目指すかという危険な賭けに出ようかと考えたほどでした。
でもやめた。
さすがに体調を崩してしまいそうだから、長期的な取り組みとして、この作品に挑戦することにしたのです。

幸いなことに、蓋と身に分かれているので、同時に二人が作業できることが後々助かりました。
最終的に、実際に貼る作業を手伝ってくれたスタッフは3人、貝のパーツの加工の手伝いを含めるとさらに3人
そして僕。
多くの人の手伝いのおかげで完成した思い出深い作品となりました。
青い棗、全面に貝が貼ってある。というと黒田辰秋の耀貝の茶器をイメージされると思いますが、
僕の頭の中にも当然そのイメージがあります。で、そのイメージに近いものをなぜ今作らなければならないのか?
という葛藤もありました。でも蒔絵的なアプローチとしての青い立体を作りたいと考えたのです。

とにかく、この作品完成してよかったです。
このアプローチは次にも繋がるし、何より、愚直に漆に向き合うという宣言のようなものです。
棗