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ブログが、、、

最近あまりブログを書けなくなりました。
単純に時間がないというのと、
生活スタイルに少し変化があって、ブログを書くルーティンに変化が生まれたからです。

で、今ブログを書く新しいルーティンとして、「スマホから移動時間に書く」に挑戦してるのですが、やってしまいました。
書いたのに消えてしまいました。
なので、失敗しちゃったことを書いてます。

これからはスマホからもちょくちょく短文をアップして行きます。

三十代の作家

ある種の天才を除いたら
美術の世界は長期戦なので、知名度が上がるのは
だいたい三十代くらいだと思っていて、その間当然無名時代があり
そこを全力で駆け抜ける必要があるわけです。

感覚的に僕が「同世代だな」と思える人って、一般的に考えられているより幅が広いかもしれないけど、
自分の年齢の上下5歳くらいで、その世代の人の作品や活動はとても気になるし、刺激もたくさんもらっています。

そして、自然に仲良くなったりするんだけど、
ある部分で共通点があると思うのです。
それは
「傷」です。

この年代になると、10年以上のキャリアがあるわけで
間違いなく、賞賛の何十倍や何百倍もの否定や無関心、心ない言葉を受け止めてきた人なのです。
それを二十代の間ずっと受け止めて、そして少しずつ作品と自分が社会に同期できてきたというか
距離感が取れるのが三十代前後なのです。

それが、ある種の人間的な迫力というか、
圧倒的な悲しみをくぐり抜けてきたから、魅力的なんです。

苦労したから良いみたいなことが言いたいのではなく
同じ傷があり、それでも諦めなかった強い気持ちが作品に現れている。
ちょっと抽象的な文章になっちゃったけど、
「ああ、この人はすごいな」と思える作家さんが多い年代にまで、美術の世界にいられたことに感謝しています。

ビットコインと美術作品は似ている その2

なんかすごく難しいこと書きはじめてしまったと思って、若干後悔しながら書いてます。
しかも二部構成にしてしまってさらに後悔。

さて、ビットコインと美術の類似点。僕の見解としては
価値がキーワードになります。
まず、日本における美術の位置付けは「美しいもの」としての概念だと思います。
しかし僕は最近、美術の核心とは美ではなく価値なのではないかと考えているのです。
この考え方だと、現代アートとかちょっととっつきにくいアートの世界も合点がいきます。
考えて見てください。
純粋にマルセル・デュシャンの「泉」を美しいと思える人はいるでしょうか。
実は、この作品ただの便器なのですが、現代美術史上かなーーり重要な作品なのです。
でも、これは美ではありません。
小学校から美術を習ってきて、中学、高校でも美術を選択していたなら美術歴の長い日本人でも
この「泉」を美しいと理解するのは難しいでしょう。いや、無理です。

まず、前提として「美術」という言葉と概念は明治時代に作られた造語で新しい概念だということ。
Artに「美術」という造語を作り認識しようとした段階から、価値と美意識に大きな溝ができたと言えるでしょう。
例えば現代アートを見るとき、そしてそれらが高値で取引される場合、多くの人は「なぜこれにこんな価格がつくのか。。。。」
という疑問符がつくと思います。慣れ親しんできた、美しいものが美術ならびにアートだとすると、
美しくもない難解な作品はルールを破っているように見えます。

確かに世の中には多様な美意識があって「自分が美しいと思わないものでも、そこに美を感じる人はいるかもしれない。」という考え方もあり得ます。でも、揃いも揃って現代アートは難解なものになってしまっているのはどうしてなのか。
それに、アート市場の取引額はとんでもなく大きいのはなぜでしょう、最近でもバスキアの作品が123億円で取引されたのが話題になりましたが、アート以外に物、物体に対してこれほどの価格がつくものがあるでしょうか。

続く

本展締め切り間近

今年も日本伝統工芸展の締め切りが近づいてきました。
29日に千葉まで出品しに行きますが、作品はまだ完成していません。

全国の漆芸家の皆さんも日々締め切りと戦っているのだと思います。
8月も近づいてきて夏本番です。どうぞ皆様ご自愛ください。

今回の出品が終わったら実家に帰って少し休もうと思います!

美大生が卒業までにやっておかなければならないこと

たぶん80パーセントくらいの美大生が卒業後に美術をやめてしまうのだろうけど、
高いお金と、何より大切な時間をかけて学んだのだから
少しくらいは自分や他人の人生に役立つようにしてもらいたいと思います。
よく考えてみてください。
美術を学べるなんて、豊かな国の特権のようなもので
たまたま日本に生まれたから学べる分野なのです
だから本来、中途半端に学んでいい分野では無いのですよ。
少なくとも、自分を含めて誰かを幸せにする必要はあります。

さて、一応美術教育を受けた身としては
在学中の学生さんに最低限やってもらいたいことがあります。
一人でもこのブログを読んでくれている学生さんに届けばと思って書きます。

まず、材料購入リストを入手するか、リストを制作すること。
卒業後に美術から遠ざかる原因の一つに材料入手と制作場所の確保の難しさがあります。
学校では当たり前のように使えていた備品とスペースが卒業したら無くなりますからね。
卒業後も制作したいのなら在学中から道具を集めないといけません。
一番悪いのは自分が今使っている道具がどこから買ったものか知らないことです。
特に工芸系は道具が多いのですが、最初に学校から一括購入するので
その後の買い足しの際に、困ることが多いのです。

せめて、今使ってるものの購入先を知っておく必要があります。
学校から支給されたのならその購入先リストが必ずあるので在学中にそれを必ず入手してもらいたい。
また、教授もそれぞれ独自の道具や材料購入先を持っていると思うので
それをしっかり教えてもらうことです。
技術開発や表現の開発は卒業後でも継続的に続けますが、
材料リストを1から作るのは難しいし、無駄な時間を使うことになるので
学生時代にやっておきましょう。

そしてもう一つ大切なのが
経済感覚を身につけておくことです。
美大って本気で「売れない芸術こそ純粋だ」みたいなことを
教えて、なおかつそれを地で行ってるおかしな先生がいます。
これは間違っています。
「あなたから大学教授の立場を奪ったら、明日の絵の具も買えないよ。どうするの?」
と言ってやりましょう。
工芸系は技術前提の世界なので
「感性」だとか「純粋」などと言ってくる先生が少なくていいと思います。

さて、経済感覚ですが、実際は卒業後にしか身につかないものです。
ですが、意識していることは大切です。
やってはならないことが一つだけあります。
それが学祭などで自分の作品をものすごく安く売ることです。
学生品質だからと安く売りたくなりますし、
安いと売れてしまう可能性がありますが、
中途半端な売れる喜びを手にしてはなりません。
1作3000円で何かを売ってしまった作家が300万円の作家にはなれませんからね。

適正価格で所蔵してもらえないなら自分の努力不足なので
価格に見合う自分になるまで耐えて自分を向上させなければなりません。

でもその先にはたぶん素晴らしい世界が待ってます。

諦めずに頑張ってください。
卒業制作はいつか企画される大規模なあなたの回顧展の最初の部屋に飾られる作品です。
失敗だらけかもしれないけど、思いっきり作ってほしいです。

京漆器はハレの器

しばらく出張で京都に行ってました。
せっかく京都に来たので、漆器(お椀)を見てみようと思って何件か骨董を扱う店をまわりました。

さて、京漆器ってどんな特徴があるのでしょうか。

作家目線でいくつか、特徴をご案内します。

特徴1
薄造り
京漆器の特徴はまずその洗練された造形です。
造形の要とも言える口の作りがとても繊細で華奢ですね。
輪島塗の口作りに比べると、印象が繊細です。
下地のほどこし方の違いによる、この印象ですが、何を目指して京漆器と輪島塗が進化したのかがうかがえます。
輪島塗の日常の壊れにくいお椀に対して
京漆器は「ハレの器」を目指していたのではないかと感じます。

特徴2
季節感
京漆器の加飾のメインは蒔絵です。
簡単な蒔絵から、手の込んだものまで、様々ですが
煌びやかな印象をより引き立てています。
蒔絵の題材は草花が多くて、それも季節を限定するものが多い。
例えば
ワラビ
桔梗
萩などなど

作り手からすると
ここまで季節を限定すると、使えるシーズンが限られてくるのでもう少し
通年使えるデザインを考えてしまうんです。
たとえば。

花模様(オリジナルデザイン)
椿(シーズンが長くわりと長く使える)など
僕の感覚だと、毎日1年を通して使える漆器(お椀)を意識してしまって
京漆器はかなり、使用者を限定するハイレベルな漆器という印象です。
つまり、年間を通して漆器を使おうとなれば、4種類(春夏秋冬用)必要になります。
冬でもワラビのお椀を使っても良いんですが、料理の季節感にあわせて食器を選んでみたいものです。

特徴3
数もの
最近ではお椀のセットの単位が少なくなっています。
デパートで購入する場合も単体か、夫婦椀
そろい10組とかは珍しいですよね。
京漆器は少し古いもの(昭和、大正期)でもしっかり数そろう事が多いです。
そして状態が良い。


このように京漆器にはいくつかの特徴がありました。
強く感じるのは、器に人間があわせなければならないという事です。
薄作りなので、洗い物のときは気を使います。
季節も細かく別けて使わなければなりません。
このような発達をしたのはやはり京都の土地柄の影響で
季節感を繊細に感じ取り、そのための器を必要としたからでしょう。

文化とか物を大切にしようとすれば
自分が物にあわせる必要があります。
今回の場合、お椀に自分をあわせ無ければなりません。
便利な現代において、どう考えても合理的ではありませんが、
季節とともに美しいお椀で食事を楽しむ美学が感じられます。

絶好の季節になってきた秋の京都でお気に入りの漆器を探してみるのも良い物です。

明日はオススメの骨董店をご紹介します。

充電問題

僕は出張の時に荷物がすごく少ないと驚かれます。
普段使っているカバンとリュックだけで6日間くらいならすごしてしまいます。
リュックの中身は出張に必要なファイルと3日分の下着だけ。

6日間の出張なのに3日分なのは、ホテルで洗って干したり
現地で買ったりするからです。

でも最近は、デバイスがすごく優秀で
なんとなく持っていないと不安な物がたくさんあるので
それでカバンがものすごく重くなります。

パソコンとか充電器とか、Kindleとか。。
以前は本を何冊も詰め込んでたので重かったけど、
今もやたらデバイスが詰め込まれて重い。

で、デバイスが増えると問題になるのが
充電ですよね。
スマートフォンなんて1日もたないですからね。

そこで、携帯バッテリーを購入してみました。

この商品です。
中身がパナソニック製のバッテリーが入っているという事で信頼性で購入。
他にもこの充電クラスのバッテリーがあり、安価な物がありますが
長く使う事を考えてこちらに決定。

さて、この商品かなり大きいです。
単三電池が6本入っているイメージをしてもらえれば
大きさと重さがわかってもらえると思います。

丈夫な作りなので、使い勝手がよくて
電池残量がLEDライトで確認できてかっこいいです。

しかし、重い。
日常に使うには重すぎます。
どうやら、スマートフォン6回分くらい充電できてしまう容量らしいので
毎日持ち歩くならここまでハイパワーな物はいりませんね。

ただ、長時間移動とくに海外に行く時には絶対オススメですね。
USBポートが2口あるので、同時にスマホと海外用Wifiルーターが充電できます。
海外の場合どちらかの充電がきれたらたちまち不便になってしまうので
この2口はとてもありがたい。

あとは、電池消耗の早いKindle端末の充電も安心の容量です。
長いフライトでもこれで心配解決します。

まあ、便利になりましたね。スマートフォンが無いときの長時間フライとは
ほんとうに辛かったけど端末に映画をダウンロードしておけば全然退屈しません。

デバイスの数もスマートになって行けば良いのですがね。。

コスト感覚

僕はフリーランスなので、毎月一定の給料を得ていません。
さらに、作家活動をしているので、おこなった作業量に応じて対価をもらう事もありません。
作って、そしてお客様に購入してもらう事でお金が手に入ります。
この辺りの収入の流れがフリーランスとサラリーマンとでは違ってきます。

フリーランスは、実力でどれだけでも収入を増やせるというメリットがある一方で
収入が不安定で、社会保障も自分でつけてゆかなければなりません。
この辺りの不安定さを考えたとき、性格として上に考えれるか、下に考えてしまうかが向き不向きの適性になるように思えます。
具体的に言うと、不安定さをマイナスに考えるとかなりキツいです。
「来月の収入はゼロかもしれない。。。」と考えると絶望的です。
僕はこう考えています。
「不安定?それって、限界がないってことだよね。すごい!!」
つまり、利益の上限が無い事だと考えているんです。楽天的でないとできないかもしれませんね。

さて、もう1点フリーランスとサラリーマンの違いは
コスト感覚だと思います。
先に書いたようにフリーランスは、日給でも時間給でもないので
成果を上げてなんぼの世界です。
仕事単位で考えると、当然効率よく良いものを作ると、仕事単価が高いと言うわけです。
でも、効率を考えると良い作品は作れないので(不思議な事に)基本的には採算を度外視したもの作りをします。

一方で、数ものやスタッフと協力して作る作品に関しては
効率を考える必要があります。理由は複数個作る場合は
作品の熟練度が上がるので、高い品質で効率的に作れるからです。
また、協力して1つの作品を作る場合、完成度もスピードも
単純な足し算で成果を計算してはいけないと思っています。
複数人で協力して作品を生み出しているのだから、成果はかけ算で考えます。
せっかく美しい木地を作ってもらって、完璧な塗をしてもらったのに
僕が最後の加飾をミスしてしまったら何にもならないですからね。


不況が続いていると言われて、全体的に日本が安くなっている。
爆買いなどの言葉が生まれて、外国人がとくにアジア人が日本にものを買いにくるというのは
日本の物価が安くなったからです。もしくはアジア全体が豊かになって、日本の優位性が低くなっているからでしょう。
どちらにしても、日本のもの作りは最小限の利益で何かを作らなければならないという雰囲気が漂っています。

フリーランスはただでさえ不安定要素が高いのに、利益まで最小限にしなくてはならないという日本全体の雰囲気にのまれてよいのでしょうか。
自分がいきてゆくコストやスタッフに支払うコスト、公共料金などのコストを考えるとおのずと自分の時間当たりのコストを割り出せます。
その割り出した金額で仕事が来ない、売れないのなら
それは自分の努力不足と言えます。

時代のせいとか、社会のせいにしてはいけないのです。
自分のコスト以上の仕事ができないのは全て自分の責任なのですから。
会社に勤めている人もぜひ1度大雑把に自分のコスト計算をしてみて下さい。
自分はそのコストに見合っただけの仕事をしているのだろうか。
個人が自分のコスト以上の生産性を出せる社会になってはじめてGDPが上昇してゆくでしょう。
残念ながら日本は何年か前に中国に抜かれてGDP世界第3位になってしまいましたが、
これからも上位国であり続ける事ができるか少し不安です。
成熟した社会を目指してゆく必要はありますが、経済を支える僕たち若い世代が元気を出さなければなりません。
個人個人がコスト感覚を身につけて、社会に対してより良い働きができれば日本はもっともっと元気になります。