カテゴリー別アーカイブ: 漆に生きる日々 京都編

2017年 初個展までの道のり

浅井康宏自己紹介はこちら
作品紹介はこちら


2年前の2017年4月
僕は念願の初個展を開催することができました。
高校生の時から漆芸を始めているから、個展までに15年以上の時間がかかってしまいました。

もともと百貨店で個展がしたいと思っていたので
初個展はギャラリーではなく、百貨店の美術画廊の一択でした。
その道のりを書いてゆきます。


◆活動の舞台
僕の活動の舞台は「日本伝統工芸展」という公募展です。
知っている人も多いかと思いますが、日本工芸会という公益社団法人が主催する展覧会です。
毎年NHK「日曜美術館」で紹介されます。65回を数える古い展覧会です。

この伝統工芸展はわりと百貨店の美術画廊とつながりがあり、
伝統工芸展入賞→百貨店での個展
というのはよくあるパターンです。

ただ、
漆の場合、狭き門なのです。
理由は2つ
1、作品数が少ない
2、作品単価が高く若手の作品を売りにくい
若手の作品でも最初から高いので、販売するのが難しく
個展の機会もベテラン中心になる傾向があります。

◆漆芸若手の活路は?
上記のように、漆芸の若手で個展の機会をもらうにはどうしたらいいのだろうか?
答えが全く見つけられず、先輩作家に聞きまくる日々が始まりました。
まず恩師に相談して「紹介してください」と頼んでも「わかった機会があったら紹介するよ」
となるも実際に話は進まない。
他のベテラン作家に相談したら「営業しなさい」とのこと。
だけど
「営業!?」美術での営業ってなに?て感じでわかりませんでした。

◆実際に営業する
いざ営業といっても、百貨店の美術って組織なので
誰になにをプレゼンテーションすればいいのかわからない。
実際にどんなポジションの人に話せばいいのか、今でもわかりません。
その頃僕はとにかく個展したいオーラを出していました。
(実は、百貨店での個展がハードル高くて、いろいろなギャラリーにもアプローチしました。
しかし、まだまだ個展できるレベルじゃないね。って感じで、全然話が進みませんでした。)

◆転機
転機が訪れたのは僕が30歳の時、日本伝統漆芸展で最高賞の「文化庁長官賞」を受賞した時でした。
関東にいる若手作家は展覧会の作品撮影の際、桐箱から作品を出す仕事を行います。
その日撮影の当番に行くと「浅井くん、賞とってるよ」とその場で知らせてもらいました。
めちゃくちゃ嬉しくて、その場にうずくまってると。
「最高賞とったんだから、浅井くんに個展させてあげてよ」とベテラン作家さんが西武の担当者に進言してくれて、
そこにいた担当者も「検討してみます」という流れになりました。
「ついにきた!!」

◆その後の平行線
だけど、そこから話が進みませんでした。
その時にいた担当者は直接的な決定権がなかったので、ちょっとしたノリで話したような感じで具体的な話になっていませんでした。
そこで、「西武で行う小さなグループ展に参加させてもらって、実績を積み上げよう」という感じで年末の「おわん展」に参加させてもらいました。
とにかく一生懸命作品を作って、できるだけ会場にいて作品を買ってもらいました。
作品がいくつか売れたので、改めて担当者に「個展の話を進めたいんですが」と決定権のある人に紹介を頼みました。

◆期待値ゼロからスタートする
先方としてはあまり乗り気ではないけど、漆芸展、おわん展とつながりができ他のでゆっくりと話が前に進み始めた気配がありました。

全然スムーズではない僕の個展までの道のりはこんな感じです。
個展というのは多くの人と時間とお金が関わってきます。
(例えば池袋のスペースを1週間借り続ける、そして問い合わせに対応する。ホームページを更新するなど、
多くの時間がかかるのが個展です。「大丈夫かな?」腰が重くなるのも納得)
自分の作品が、世間とつながるための商売になるかが試されるハードルというのを実感しました。

個展が決まってから、制作、個展スタートまでの物語はまた書きます。

作品が完成した時の気持ち

作品が完成する気持ち、僕の場合
複雑です。
1作品に長く関わり過ぎていると、いろいろな意味で客観的な目線を失います。
最初に「これはいいぞ!」と考えて制作をスタートさせるわけだけど、
期間が長くなるほど、スタート地点の気持ちから時間的な距離が離れてゆき、
「完成してくれ」という祈りみたいになってきます。
特に、一粒ずつ貼ってゆく作業は修行みたいで、
途中から無心になります。

このシリーズは前作の棗と今作で2つ目ですが、

作業的には単純です。
ただ、長時間の集中力と執念が必要で
「光を具象表現する」ことを目指して実験しています。
ある程度成果は出ていると思っているんだけど、
時間がかかりすぎるからリスクが大きくて、制作費用が高い割に作品価格を上げにくいです。
制作期間が長いと、そういうことを悶々と考えることになって、
「完成した!わーい」という気持ちはありますが、
1つの日常が終わって、「さあ、次の日常へ向かいましょうか」という自分もいます。

あとは、完成した時の雰囲気を作ることについて最近わかってきたことがあって、
それは見えない部分の完成度が作品が纏う空気感であるということです。
この完成度に関して、少し前なら自分にしかわからないことだと思っていました。
だって、裏のツヤって写真ではわかりませんからね。
でも、それが作品の完成度に関わってきて、しかも、見る人にも伝わるのです。
自分で「絶対これで完成!」と言い切れる作品でないと、人の心が動かせないのです。


今だに作品の完成って複雑な気持ちになります。
「やりきった」という気持ちと「寂しさ」が入り混じります。
寂しさは、作業時間があまり長かったので、どこかで無気力になってしまうことだと思います。
自分の手を離れた作品を見るのが、人生で最も感動的な瞬間だけど、
その感情はちょっと切なくて、でも何度でも味わいたいものです。


ちなみに僕は作品を擬人化しません。
だから作品が売れても「嫁入り」という表現を使いません。
誰かに喜んでもらいたいと思って作ってるけど、
最前線で作品と向き合えるんだから、幸せな仕事です。

漆の価値を伝える時にしてしまった大きな間違い

浅井康宏自己紹介はこちら
作品紹介はこちら


漆の良さを伝えるために僕は過去いくつか間違ったことをしてきました。

それは、「漆っていうのは、制作が大変で、だから価格が高いのです」というメッセージ。
これは本当のことなんだけど、
「手間暇かかってたいへん」=「高価」というのは作り手の都合であって、お客様になんの関係もないんです。
高いものを買ってもらうために説明しなければ!という気持ちがあってそれが見事に空回りした例です。

改善点
改善点は2つあります。
1、前提を変えること。
漆の価値がわかっている人に、苦労話をする必要はありませんでした。
なぜなら、漆に関心を持ってくれる人は100%美しい生活や生き方を実践していたり、その重要性を感じている人です。
苦労話より、夢のある話をしたほうがいい。

2、新規開拓をしない。
これはとても重要です。
「今まで漆に触れたことのない人に漆の良さをわかってもらいたい」という気持ちは無くなりました。
考えてみてください。
街中で「ヘビメタ好きになってくれ!」とストリートライブでヘビーメタル演奏したらどうなるでしょう。
ヘビメタ好きな人はいいかもしれないけど、大多数のヘビーメタルに興味ない人は、関心を示さないし、
騒音になりますよね。


残念ながら漆は全ての人を幸せにできる素材ではありませんでした。
高級だし、簡単に使い捨てられるものでもなく、使う人を選びます。
愛情が深いだけに、多くの人に知ってもらいたかったけど、
路上ライブみたいに、大多数の人に向けて歌ってはダメだったのです。
必要なのは、最高の音質を楽しんでもらえるステージを作り、そこに聞きに来てくれた人だけを幸せにすることでした。

だけど、
子供向けのワークショップとか講演は断ったことがありません。
大多数の人に向けての活動ですが、「子供の時から本物を」と考えているので、
漆のことを好きになってくれなくても全力で話したり、ワークショップします。
きっとそれは、「高い」とか、「使いにくい」というイメージがない彼らに
「漆って綺麗だよね!!!」って心から伝えたいからです。
頭の固い大人に「漆って良いんですよ」って言っても「もっと安かったらねえ」「一般向けに安く作るべき」など、説教されますからね。


ただ、子供がピュアかと言ったらそうではなく
「この作品は何万円ですか〜?」というのがよくある質問です。笑

「○○○万円だよ」
「すげーーーーーーーー!」
と言わせたら僕の勝ち。

美術で食ってゆくのが難しい理由

浅井康宏自己紹介はこちら
作品紹介はこちら


いつの時代も「美術は食えない」と言われています。
実際に美術だけで生活してゆくことが難しいのは身をもって感じてきました。
(ただ、全然不可能じゃありません!食えるし、そういう人を増やすためにブログ書いてます)

ではなぜ難しいのでしょうか。
理由は複雑で、時代性とか、そもそも作品のクオリティの問題がありますが、
今はクオリティが高い作品を作っているのに「食えない」理由を考えてゆきます。


◆美術業界も資本主義の尺図
美術にも市場というものがあります、つまり夢のある業界ですが、ビジネスとしての側面があります。
物とお金と人が動くので、どうしても避けて通ることができません。
ビジネスの市場には80対20の法則というものがあります。
パレートの法則とも呼ばれる法則で、例えば

商品の売上の8割は、全商品銘柄のうちの2割で生み出している。
売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している。

(出典 wikipedia)
引用のように、少数が多くのものを生み出す構図。
つまり、極めて不平等な状況であるということを表しています。

美術の業界も売れる人と、そうでない人の差がありますよね。
そして、売れる人はより高額になり、そして売れ続ける。このような構図は80対20の法則で説明ができます。


◆ビジネスとしての難易度
美術をビジネスとして考えた時の難易度はどうでしょう。
実はビジネスには難易度があって、効率的な事業とそうでないものがあります。
残念ながら美術は難易度が高い分野といえます。

ビジネスの難易度の条件
・小資本 
・無在庫
・高利益率
・ストック性
・成長産業

上記がビジネスの良い条件です。美術を実際にビジネスに当てはめると
◯資本について。
美大に行って、工房を構えて、などなど、資本のかかる分野ですよね。ただ、紙と鉛筆だけあればいい表現もある。
◯在庫について。
物を動かす仕事なので、在庫は必要です。在庫のいらないビジネスは例えば、電子書籍とかウェブサービスは在庫ゼロですね。
◯利益率
作家の前半戦の利益率はかなり低く設定されています。売れても次の材料費になるかならないかの自転車操業が現状だったりします。
◯ストック性
ストック性とは、例えば著書が何作もある場合、そのキャリアは残ります。つまりストック性があります。
1つのコンテンツ(作品)が継続して利益を生むストック性でいえば、小説とか画集も少しはストック性があり、
賞歴などのキャリアも後の作品発表に影響するのである意味ストック性があると思っています。
◯成長産業
どの分野の美術に関わっているかが大きいですね。
現代アートだったり、工芸だと竹工芸はまさに成長産業です。
この分野で長期的に発表することは他の分野より条件がいい気がします。
他の分野だと産業を成長させるところから始める必要があるから、もう少し助走期間が長くなります。
漆工芸は成長産業ではないので、乗る波を作るところから始めなくてはなりません。


以上のように
美術をビジネスと考えた時、難易度の条件として高い分野といえます。
したがって成功までに時間がかかるし、成功確率が低くなるのも仕方がありません。
ただ、その難しさを克服するために時間をかけることができるなら挑戦する価値があります。
キャリアがストックされやすい分野でもあるので、実績を積めばそれだけ長期的に活動できます。
また、何人も人を雇ってスタートするプロジェクトやサービスでもないので、何億円も借金して事業をする必要もありません。
つまり、資本は低くはないけど、莫大ではありません。

長期戦と考えて、腰を据えて作品のクオリティを上げることができれば
時間を味方にできるのが美術です。
短期的な評価に惑わされず、淡々と毎日、仕事するのが鍵ですね。

2019年 今年の目標

浅井康宏自己紹介はこちら
作品紹介はこちら


あけましておめでとうございます。
今年も「漆に生きる日々 京都編」をよろしくお願いします。

みなさん今年の目標を立てましたか?
去年のカレンダーを見返して、「全然目標達成してないな。。」と思いつつも、また目標を立てますよ!
前進はそこから始まるはずです!!!

◆目標その1
作品数を増やして、クオリティを上げる!
今年は優秀な新卒スタッフが増える予定なので、作品数と当時にクオリティも上げてゆきます。

◆目標その2
海外発信を活発にする
昨年は、ドイツでの展示、そしてマレーシアのアートフェア参加させていただきました。
そして!作品が初めてアメリカのお客様のもとへ渡りました!!
今年も引き続き、海外発信を続けて「蒔絵で世界へ」というテーマのもと活動します。

◆目標その3
太らない!
昨年は忙しさにかまけて、体重が増加しました。
今年はジムにしっかり行って、健康維持しようと思います。

◆目標その4
英語の勉強をする。
まあ、これは毎年言っていることなんだけど、海外の仕事も増えたきたとことだし、必要性があるから勉強します。
そして、実践的な勉強のためにアクションを起こします。

◆目標その5
漆を植える
今年は実家の鳥取に漆を増やすことになりそうです。
現在、約200本ありますが、新たに栗が植わっていた土地を漆に変えてゆこうと思います。
なんせ、漆は採取まで10年以上の時間がかかるから、適切な植樹が大切です。
15年後のために漆を植えよう!

◆目標その6
テーマを持って展覧会に挑む
今年は3月に高島屋の企画展「美の予感 2019」展に参加させていただきます。
この展覧会は
日本橋展=2019年3月6日(水)→12日(火)6階美術画廊
大 阪展=2019年3月27日(水)→4月1日(火)6階美術画廊
京 都展=2019年5月8日(水)→14日(火)6階美術画廊
名古屋展=2019年5月29日(水)→6月4日(火)10階美術画廊
以上4会場を巡回します。
出品点数は6点くらいと少ないけど、どれも展覧会制作並みの力を入れた作品を発表します。
この展覧会から少ない点数でもテーマ性を持った発表を意識しようと思います。
今回は「光の造形化」です。
会期が近づいてきましたら、またご案内しますのでよろしくお願いします。

◆目標その7
健康維持
去年はたくさん風邪をひいてしまいました。
今年はしっかり健康を維持して、毎日良い状態で仕事に取り組みたいです。


以上作家としての今年の目標でした。(痩せるのも作家としての目標か?笑)
今年も作家として力強く成長してゆきます!

皆様にとっても良い一年になりますように!

「作家は一人で作らなければならない」を論破

浅井康宏自己紹介はこちら
作品紹介はこちら


作家や職人はどのような体制で制作しているのを想像しますか。
多くの人のイメージの中では、一人黙々と作業を続けている光景が頭に浮かぶと思います。

僕は漆芸作家ですが、工房体制(チーム)で制作しております。
このブログでも工房体制で制作していることを書いてきましたし、実際仕事場に見学にいらっしゃった方は仕事の内容から、複数人で一つの作品を作ることを自然に捉えてもらえていると考えます。
だけど、人によっては個人の作家が実は一人で作っていなかったとなると違和感を持たれるかもしれません。

例えば、ゴーストライターとか、アシスタントの作品盗用みたいなネガティブなイメージ。


でも、考えてみてください。
本質的に、完全に一人で作られた作品なんてこの世に存在しているでしょうか。
例えば、画家ならキャンバスを作る人がいて、絵の具を作る人がいて、額縁を作る人がいます。

アニメ映画なら、アニメーターがいて、声優がいて、背景を描く専門の人、色指定専門の人。。。このように、一つの作品にたくさんの人が関わってくるわけです。
漆の場合、本来は木地師・塗師・蒔絵師と3つの職業が必要ですが、なんとなく一人でこなさなければならない流れになっています。
「若いうちは一人で制作しなさい」と実際に言われることもあります。
でも、僕はクオリティを上げる挑戦ならなんだってした方がいいと思っています。
20代の頃は、すべて一人で作っていたんだけど、展覧会制作の年間3点が厳しすぎて
不本意な仕事の連続でした。
何より時間がない。年間三回の展覧会があるということは、4ヶ月に1つのペースで制作が必要とういことです。
現在の制作内容と比べて見るとわかりやすいですが、
今は棗という小さな茶器の制作に半年かかります。
クオリティを追求すればそれだけ時間とお金がかかるんだけど、
1つの作品に半年間かけることができるようになったのは、チームで作る発想があるからです。
つまり、一人で制作していれば見れない夢を見ることができるようになったことになります。


そして、もう一つ重要なことだと思っている
チームでの制作は人を育てる意味もあります。
僕の工房はホワイト企業を目指していて給料を得て技術が学べる仕組みを作っています。
まだ給料は高くないけど、社会保障とか年金に加入して賃金体系もクリーンです。
作家制作だけで雇用を生み出せるはずという目標を達成しさらに加速するために日々努力しています。

◆作品のクオリティが上がる
◆雇用を生み出せる
◆技術の伝達ができる

誰に何を言われようとも、この3つは事実ですし
作られたものは僕が発想したオリジナルの作品です。
僕が死んでしまえば、作った本人のパーソナリティなんて関係なく
作品が残り、時代のふるいにかけられます。
アーティストとして、歴史的名作を作ることが目標ならば、
今を精一杯生きて、作品のクオリティを上げ続ける発想は正義なのです。

展覧会に「買わなくても見に行くだけでもいいんですか?」という質問に対して「見にきてください!」と心から言うよ

浅井康宏自己紹介はこちら
作品紹介はこちら

たまに
「作品買うことできないですが、見るだけでもいいですか」と言う質問があります。
僕は100パーセント本心で「ぜひ見にきてください!」と言っています。
百貨店で行われる企画展とか個展って、ちょっと入りにくい雰囲気ですよね。
店員さんに話しかけられたり、作家がいたら目線が気になるかもししれません。


実のところ、展覧会は作品を売るためだけに行っているのではありません。
僕の中では、僕が信じた世界を共有できる場所なのです。
15歳のとき蒔絵に出会って、その美しさに魅了されて、自分でも作りたいと思って歩いて来ました。
少年時代の僕には、蒔絵は光そのものでした。
長い間不登校だったから、否定されることが多い人生だったけど、
蒔絵に関わることをしている限り、全てが肯定されるように感じました。
まさに光だったから、僕はその光にしがみつきました。


そして、その気持ちを心のそこから共有したいと思っています。
綺麗事ではなくて、美は絶対に平等です。
どんな立場の人や国籍の人、性別の隔てなく視界を通して誰かに美を届けることができます。
だから、機会があったら僕の作った作品を見に来て欲しいです。


最近ツイッターを通して僕の作品を見て「涙が溢れました」と言うメッセージをいただきました。
また、「今はお金がないけど、いつか奥さんにあなたの作った箱をリングケースにしてプレゼントしたい」とメールいただきました。
売るとか、売らないとかじゃなくて、僕は誰かの心にほんの小さな光でも、そこに届けることができたのかもしれない。
そう思えるだけで幸せだったりします。
僕はプロの漆芸作家だから、作品を売ることを仕事です。
だけど同時に、僕を励ましてくれて、人生を輝かせてくれた蒔絵の輝きを一人でも多くの人に届けたいんです。それも僕の仕事です。
だから、機会があったらぜひ作品を見にきてください。

世界の美意識と日本の美意識 その2

浅井康宏自己紹介はこちら
作品紹介はこちら


先日の続き前編はこちら

人類の美意識は進化していて、美意識は教育からなる。というところで終わりましたが、
それを具体的にどのようなことなのか。
僕の仮説を茶の湯で例えてみようと思います。

◆そもそもなんでお茶が美術なの
僕たちは、茶の湯の美術を受け入れていますが、
そもそもお茶を飲むという前後の行為や、道具に美的価値があるというのは不思議です。
焼肉に美意識があっても、飲酒に美意識があってもいいわけです。

抹茶を飲むことに美意識を持つこと自体は、
桃山時代以前にもあったようですが、
千利休というスーパースターが、戦国時代に茶の湯の体系化を進め
後世に影響力を残し現在に至る、というように僕の中で理解しています。
さて、利休の推し進めて美意識は、
当時の権力者に喝采されたわけですが、
違和感を覚えませんか。
世の権力とお金が集まるいけてる大名とたちが
金銀をあしらったきらびやかな喫茶ではく

わび

に心酔していたのです。
当時それが、クールだったわけですが、
なんの教育もない状態で茶の湯を代表する茶道具を愛せるでしょうか。
おそらく難しいです。
土や釉薬の自然な情景を見立てて、そこに詩情を讃えるとなんとも言えない感情が込み上げてきます。
ただそこには、茶道の文脈・ルールがあり、それを理解しているから感じ取れるものです。

つまり、前段階の知識とか、ルールを知っていることが美意識の最低条件と言えます。
その視点で、世界のアートシーンを見てみると、
それぞれの国の美的価値や独自の進化で説明ができる部分が多くなります。
アメリカは美術の歴史が浅いけど、世界のアートシーンを牽引するような
進化を遂げています。それはまさにアメリカを体現していて
自由とか資本主義とかドラッグといったものを取り込んで進んでいます。
そして、それが美術史として伝わり教育されています。最先端の美術の現場なのです。

ルールを理解すると、なぜ今、この作品がここにあるのか説明ができます。
そこには、視覚的な美しさと同時に正しさが存在するように思えます。

現段階で僕が認識しようとしている美意識とは上に書いたようなぼんやりしたものです。
それを踏まえて漆で世界と戦うためにすべきことは、一体何か、
答えあわせのように作って、活動して、10年後には全く違う景色を見ているように思います。

世界の美意識と日本の美意識 その1

浅井康宏自己紹介はこちら
作品紹介はこちら


現代アートって理解できますか?
そもそも現代アートて美しいのでしょうか?
謎ですよね。
「なんであれが数億円で取引されるわけ?」と思いませんか?

そのような疑問にはアートの最前線で戦っている方々の本にヒントはあります。

村上隆さんの本は、とても勉強になりました。
日本美術界を痛烈に批判し、海外アートシーンとの違いを実践的に記していいる名著です。
ただ、世界トップクラスのアーティストなだけに、読むだけでは体系的な理解が難しいのも事実です。


どうやら、日本の美術と世界(主に欧米)の美術市場は全く異なっていて
日本はずっと遅れているらしい。


当初、僕は蒔絵で世界と戦ってゆくための考えとして
日本文化の概念ごと輸出するのが適切だと思っていました。
つまり、長い歴史を持つ蒔絵文化と独特な日本美術の体系をプレゼンテーションして
現在自分がいる位置が系譜としてどのようなものなのか説明し、
それが突破口になると考えていたのです。
そして、蒔絵は純粋に美しく、人間への視覚効果が高いはず。

ただ、今はそれでは不十分だと思っています。
全然足りていない。ではどうしたらいいのか。

◆わび茶の世界観をヒントに考えてみる
考えるほどに「どうやら、純粋な美しさだけでは不十分なのではないか」という問題にぶつかったのです。
実際、僕の仮説では説明できない事が多いのです。

「美しい=価値」が説明できなくなってしまっていて
ではどのように価値にコミットできるのかこれもでの仮説では取っ掛かりもないのです。

しかし、立体造形を中心に世界のアートシーンを眺めていると
ぼんやりと感じられるものが出て来ました。
それは、美的価値観のそもそもルールの違いです。

僕たち人類は、長い時間をかけて美術を成熟させて来ました。
それは科学技術や哲学と同じように、過去の人類には想像できない場所へ僕たちを連れて来ました。
美術も同様で、美術の概念は成熟しています。
つまり、人類の美意識は進化していて、美意識は教育からなる。
という2つの条件を見つけました。

これはどういうことか。

続く

その2はこちら

僕が就職せずに作家になった理由

浅井康宏自己紹介はこちら
作品紹介はこちら


僕は大学を卒業してから今まで企業に就職したことがありません。
就職しなかった理由は、ただ、できなかったからです。
実は、稼ぐ力がなくて職業訓練でウェブデザインを習って
ウェブ関係の就活をしたことがあります。
でも、受からなかったんです。

さらに美術関係の就活では
小さな美術館の管理とか、
ペンキ屋さんの面接なども受けたこともあります。
でも、全部ダメだったんです。

就職活動に失敗するというのは、割とダメージが大きいけど
どこかで「漆を続けるための食いぶち」みたいな気持ちがあったから
受からなくても当然な部分もあるのです。
でも、二十代の頃はやっぱり将来が不安でした。
それに何も社会に貢献できていないようで、毎日恥ずかしかったです。

それでも恥ずかしい気持ちながら漆を続けていました。
「将来のことを考えろ」とか
「もっと安いもので買いやすいものを作れ」というのは
すごくたくさん言われました。
それに対して「最高の作品を作って見返す」という気持ちが強くなったのもこの時期です。

僕にとって幸運だったのは
一番の身内に「将来のことを考えろ」といってくる人が一人もいなかったことです。
もし信頼している人や家族に「将来のことを考えろ」と言われたら
心折れていたかもしれません。


中途半端な就活に失敗し続けた劣等感とか
悔しい気持ちを抱きながら続けて来た漆だけど、
今となっては就職せずに毎日漆に触れ続けることができてよかったと思います。
たぶん20代の僕は一日も休まずに作業部屋に入っていました。

今もそうだけど、好きなことをしてそれが仕事にできるのは最高だと思います
世界ではまだ無名だけど、これからも嬉々として仕事して、歴史的名作を作ります。