カテゴリー別アーカイブ: 漆に生きる日々 京都編

2018年を振り返る 下半期

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「2018年を振り返る 上半期」記事は こちら
底冷えの京都から
今年の下半期を振り返ってゆきます。

◆7月◆
本展の制作を頑張った月でした。
藤の花の花びらの加飾が思ったより時間がかかったんです。
1日8時間作業して、花びら3枚とかの進度で焦りました。

◆8月◆
そして、無事本展作品が完成しました。

◆9月◆
9月に次回の個展の詳細が決まりました。
詳細記事はこちら

◆10月◆
実は、10月に結婚しました。
ついに、結婚できました!

そして「アートエキスポ マレーシア」へ
ギャラリー花影抄さんのブースから酒器を出品させていただきました。

浅井康宏 蒔絵高坏 「光華」
浅井康宏 蒔絵高坏 「光華」

◆11月◆
長い時間かけて作っていた、中次が完成し、日本伝統漆芸展へ出品しました。
写真はまだないので、撮影したらアップしますね。

◆12月◆
月刊美術に作品を紹介していただけました。

浅井康宏 蒔絵酒器「夕刻の海」
浅井康宏 蒔絵酒器「夕刻の海」

今年の展示は池袋西武にて年末の「うるし・うつわ・おわん展」が最後になります。
充実の一年でしたが、来年はもっともっと質・量とも充実させてゆきます!

2018年を振り返る

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京都の紅葉も終わりに近づいて来ました。

ちょっと早いですが、今年の活動を振り返ってみようと思います。
◆1月◆

漆芸展に「青貝棗」を出品しました。
この作品は、約8ヶ月かけて作った作品で、
色彩表現の可能性に一定の成果を上げることができた重要な作品でした。
しかし、その制作期間の長さから新しい悩みが生まれるきっかけにもなりました。

◆2月◆

ドイツのフェア 「Ambiente2018」
瑞鳳堂さんのブースから出品させて頂きました。
作品は錫の茶筒2点
実は、直前まで作っていたので、ドイツまで直接搬入しました。
その後、パリに行って念願のルーブル美術館に行けました。

◆3月◆
「日本伝統工芸 近畿支部展」に蒔絵螺鈿六角香合を出品

浅井康宏 蒔絵螺鈿六角香合
浅井康宏 蒔絵螺鈿六角香合

◆4月◆
CRAFT SAKE WEEK at ROPPONGI「しゅきや」に酒器2点出品

浅井康宏 蒔絵螺鈿高坏 「菊華」
浅井康宏 蒔絵螺鈿高坏 「菊華」

◆5月◆
「漆の現在 2018」展出品
過去記事はこちら
充実した制作ができ、まとまった点数の作品を出品することができました。

◆6月◆
月刊美術の「用と美 工芸」特集に作品を2点紹介いただきました。
過去記事はこちら

下半期はまた後日

アーティストにも必要?売上の仕組みを解説するよ <作家限定記事>

売上とはなんでしょう?
いきなり「売上の説明をして」と言われたら、
「売上は、売上でしょ?」みたいにとっさに悩んでしまいますよね。

客数×単価×頻度=売上

利益を上げるためのテクニックとか、売上アップ方法!みたいな情報って
本屋とかネットにあふれていますが、
原則は
◯お客様を増やすこと
◯単価を上げる
◯購入頻度を増やすこと

上記の三つです。


僕が売上について書くのはアーティストにもお金についての感覚が必要だと感じたからです。
別に原価計算とか、厳密に行って作品価格を割り出すことに意味はないと思うけど、
売上とは何か、
売上を上げる方法は何かというのは最低限知っていたほうがいいのは確かでしょう。

◆なぜ、その知識が必要なのか◆
理由は、自分が作っているものが
原則のどの部分に沿っているか知るためです。

例えば、僕が個展を行うことをイメージしてみてください。
要素の1つ「お客様を増やす」に注目してみると、
作るべきは食器とか、手軽な小物が頭に浮かびます。

ただし、僕はいつもいうように
お客様を増やすより、長く付き合える関係を大切にしたいので、
「お客様を増やす」ことを実は重視していません。
つまり、要素は全てを平均的に上げていません。
作品の性質や活動の内容によって力の入れ方を考えればいいのです。

◆では、売上を2倍にしたいなら◆
数学上、売り上げを上げるためには実はお客様を増やさなくてもいいのです。
客数、単価、頻度をそれぞれたった30%アップさせれば、売上は2.2倍になります。
逆に、たくさん集客したいがために、単価を半分にすると、通常の1.5倍の集客ができたとしても、売上は25%下がります。

◆知識を実践に落とし込むとしたら◆
ビジネスの世界ではきっと当たり前のことでも、
実践的に売上の構造を分解したことはなありませんでした。
上記のように、ものをたくさん作るのはいいけど、安いものを作りすぎると、集客は伸びても結果に結びつかないことが多くあります。
僕はたまたま低価格の作品を作るのが苦手だったから、
「たくさん作れないなら、出会ったお客様を大切にしよう」と決めて
結果的に売上の原則でいうところの
◯単価を上げる
◯購入頻度を増やすこと
を自然に行っていたことになります。

このように分野によって、できることとできないことがあります。
陶芸作家と漆芸作家では作品制作の流れが違うので、
それぞれの強みや特性に合わせた活動が必要になりますよね。

僕の場合「数を作れない」という壁にぶつかりました。
悩んだ結果「数を作らない」に転回できたのは、
原則に当てはめて、自分の考えにも未来があると感じることができたからです。
つまり、弱みを強みに変化させることができたわけです。

作家なので、手元の仕事が絶対大切だけど、
広い視点でキャリアを眺めた時、自分の作らなければならないものと
作りたいものが見えてきます。
弱みと強みも見えてきます。

工房の毎日

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現在僕の工房は
僕を含め2〜3人で制作しています。
大学の終了制作シーズンなので、学生スタッフさんは学業優先ということで、しばらく少人数で作っていますが、
一人で制作する日は週末だけになりました。


工房ではどんな毎日が送られているのでしょうか。

工房の一日

カレンダーを見つめる。
ちなみに2022くらいまでのカレンダーを作って予定を入れてゆきます。
カレンダーには制作予定の作品を付箋で貼ってゆきます。

スタッフ「この予定で行くと、貝の貼り終わりが〇月◯日の午前になりますね。」
浅井「いいね。それなら次の塗り込みを入れて、、◯日前に仕上がるはず。」

浅井「あ、この作品仕上げる前にこっちを先に仕上げる必要があるんだった。。。」
スタッフ「。。。誰がその日の貝貼りするんですか?」
浅井「誰だろう。」
スタッフ「先生が土曜日貼れば間に合います!」
浅井「はい!」


浅井「あ、そういえば、来年の◯月に〇〇ギャラリーに作品送るって言ってたよね」
スタッフ「聞いてません」
スタッフ「どのタイミングで作る予定にしてたんですか!!」
浅井「ど、どこでしょうw」
スタッフ「そういうのは早めに言いましょう!」
浅井「はい!とにかく作りましょう!!」
そしてカレンダーに作品リストの付箋が増えてゆくのです。

臨場感のある文章は難しいけど、
工房では毎日だいたいこんな会話の中、制作が行われています。


締め切りがあれば、逆算してあらゆる工程の日程が決まります。
そのために日々作業をしています。計画的だけど、ライブ感満載の毎日です。

忙しいけど、それがまた楽しい。

「師弟制度」のアップデートが未来の工芸を開く

「ここまで対立構造をつくり出さなくても。。」と思われるかもしれないけど
師弟制度を含めた人を育てる仕組みは変革期にあります。
まず、伝統工芸において、後継者がたっぷりいる業界がない事。
美術系大学を含め、物作りにおける人材に男性が激減している事。
続けるのが難しい職業という印象が強く、夢を描きにくくなっているのは漆業界だけではないはずです。

教育のシステムとして現在は大学で学ぶことが主流ですが
工芸技術の場合四年間でプロの世界で活動するのは、難しいのが現状です。

「師弟制度」を否定するのは、現代において
その悪い部分だけを引き継いでいるからです。
師弟制度が成立していたのは
その分野がしっかりと産業として成立しており、
一人立ち後に自活できるある程度の保証があったからです。
そして、住み込みで技術を磨いていたので、衣食住の心配が無い環境がありました。

現在、伝統工芸の分野で数年の修行の後、独り立ちするにしても
食ってゆくのが難しい。それは、産業としてのパイが小さいからです。
それに、住み込みでなく、通い弟子の場合、衣食住の心配があり、
社会保障など入ってもらえなければ、たちまち苦しい立場になってしまいます。

では、現代の師弟制度をアップデートするにはどのような方法があるのか
僕は、企業化された師弟制度に活路があると考えて活動しています。
修行時代といえども、時間と賃金を最低限約束できる工房が必要です。
「好きなことに携わっているのだから、給料が少なくても仕方ない」という
考え方に真っ向から反対します。

正規の賃金を得て、社会保障が拡充された状況で修行した方が
作品のクオリティが上がり、長期的に業界の活性化に繋がると考えました。
理想を形に変えてゆくのは困難だけど、それでも未来に向けて活動してゆきたいのです。

主観を造形化するプロセス

日本の工業製品がいよいよ世界で戦えなくなってきているのは
主観でものを作っていないからです。
たぶん、顧客データを集め、事前にアンケートを集めて
会議室でものを作っているように感じます。
つまり客観を造形化していることになります。
客観的な目線というのは、製品を作ることにおいて良いことに感じるかもしれませんが、
実はそうやって作られたもので感動は作れないのです。

宮崎駿作品は会議室で長い時間話合われたストーリーではないように
アイフォンのコンセプトがマーケティング調査の結果で組み上がっていないように
僕たちが熱狂するのは、個人の主観で作られた作品である場合が多いのです。


嫌ですよね。
僕の作品が、「最近巷では、〇〇の色が流行っていて」
「造形は〇〇がきてます」
「ではみなさん多数決で、次の作品の方向性を決めてゆきましょう」
という具合に作られてたら。

◆主観を研ぎ澄ます

ただし、単に主観で物作りをすればいいという話ではありません。
美しいものを作るためには、
研ぎ澄まされた主観が必要です。

一体どうやって磨いてゆくのでしょうか。
僕のバイブルでもある松田権六の著書には
◯人から学ぶ
◯物から学ぶ
◯自然から学ぶ
という三つの方法が書かれています。
まず、技法的なことは人から学び、真似をして習得してゆきます。
そして、過去の名品を見ることにより、技法的な部分、素材、歴史背景を学んでゆきます。
最後の自然とは、定義が広くて、掴みどころがありませんが、水や光、それらが発する音
そこから生まれる僕たちの感情をどのように見つめ、造形化させてゆくのか。
ヒントは膨大です。

実のところ、同じ方法で学んでも、見ている部分が違います。
同じ景色を見ても、音を聞いても、味を楽しんでも
僕と同じ感情を持つ人は一人もいません。
勝手に好きな部分を切り取って、解釈しています。
例えば、クラスにたくさん女の子がいても、視界に入っているのは好きな〇〇さんだけだったりします。
つまり主観です。
その主観を形にする、反省点を元に改善してゆく繰り返しが研ぎ澄ます作業となります。

◆主観を造形化する

大雑把に言えば、主観の造形化とは好きな〇〇さんを描くことです。
でも、人生はもう少し複雑で、〇〇さんの二重が好きとか、声とか、
いやもっとマニアックな「くしゃみが出そうな半目になった時の二重がたまらん」みたいなこともあります。
そんな主観誰も共感しないと思われるかもしれませんが、
熱量が高ければ、必ず共感ないし、感情の同期は行われます。
言葉にならなかった「くしゃみが出そうな半目になった時の二重がたまらん」を形にしてみてください。

ちなみに僕の作品についての「たまらん」ポイントは
金地のアール部分とか、角のハイライト、黒と金のコントラストなどです。
(もう少しマニアックな性癖みたいな部分がないか自分の心理の底に潜って探しているところです。)

◆アートでなくても主観は大切

物作り以外でも、僕は主観はもっと大切にされるべきだと思っています。
学校とか社会って、どうしても客観とか調和が大切にされます。
僕はそれが苦手だったのと、正しいと思えなかったから学校が嫌いでした。
ある部分ではみんなが公平に幸せになるために調和は必要だけど
今、日本全体がちょっと息苦しくなっているように感じます。
もう少しだけでも、物や事に主観をプラスする事ができるはずです。

大好きなあの人に主観で選んだプレゼントをわたしてみてはいかがでしょうか!(笑)

制作時間が長くて作品が多い人が勝つ世界

これはいつも言ってることなのですが、
制作時間が多いことと、制作数が多いのは最強の武器です。

「制作においてノってる時とそうでない時がある」と反論が出そうだけど
ノってる状況に左右されないために毎日定時に仕事を開始することをおすすめしています。
作品の量については、作業量が増えれば自ずと増えてきます。
僕の制作の場合、少なくとも4ヶ月以上は制作に必要ですが、年間4回の公募展と
グループ展の作品を作って約10点
毎日淡々と作業していても、制作点数少ないのが悔しいです。
頭の中にあるアイデアの5パーセントくらいしか実現できていないのが現状です。

制作点数については、少ない部類に入りますが、
蒔絵の制作点数にしてはそこそこだと思っています。これでも
他のクリエイティブな分野にも言えることですが、制作数は強みです。

あなたがカメラマンなら写真を毎日撮りまくった方がいい
作曲家なら曲を毎日書いた方がいい
小説家なら毎日パソコンに向かった方がいい
イラストレーターなら仕事以外の絵を描き続ける必要があります。

なぜかというと、あなたが休んでいるその時間に
作業をしている人が必ずいるからです。
プロの世界ってそんなもので、夢の中でも作業をしているような人がいます。
そんな人たちと戦ってゆこうと思ったら、
うかうか休んでいられません。


僕は他の作家の作品をよく買います。
若手の作品を買うことが多いけど、
少し有名になったり結婚したりして、作業量と質が落ちたらイライラします。
作品数は顕著で、実験的なこととか、新たな投資が必要なことをしなくなってしまう。
環境の変化の中で制作のモチベーションを高く保ち続けるのは難しい事です。


クオリティを上げ続けながら作品数を保つか、増やすことはできないのだろうか。
制作活動とはそいうギリギリの戦いの連続です。
インターネットで情報を得る時代において
時間と量を味方につける事の有効性は、
クリエイティブな活動においても適用されます。
そして、今後それはさらに顕著になる未来が待っています。

urushiについて説明するよ

漆のことを知っていますか?
よく陶芸と間違われることがありますが、
同じ工芸分野ですが、陶芸と漆芸は異なります。

漆芸に用いられる漆とは、素材の名前です。
海外ではラッカーと訳されることが多いですが、
最近は無理に訳さずUrushiで伝えてゆこうという流れになって来ています。

◯漆とはどんな素材なのか
東南アジアに分布する漆科の樹木の樹液を漆と言い
その素材から作られたものを漆器と言います。


漆の木の林

◯どこの国で盛んなの
東南アジアの中でも、中国・韓国・日本が漆文化が盛んです。
その他ミャンマーやベトナムにも漆の文化があります。

◯どうやって採取するの
漆は木の樹液なので木の幹に傷をつけて滲み出たものを採取します。
各国それぞれ違った採取方がありますが、傷から採取するのは変わりません。

幹の傷から一滴ずつ集めてゆきます

◯一本の木からどれくらい採取できるの
日本の場合、約15年間育てた漆の木から200gの漆を採取します。
「殺し掻き」という方法でワンシーズンで樹液を採り切り、伐採する方法が主流です。

◯どんな表現があるの
漆を用いた表現は実に多様です。
僕の携わる蒔絵
塗りの美しさを見せる髹漆(きゅうしつ)
漆面を彫り込む蒟醤(きんま)彫漆(ちょうしつ)沈金(ちんきん)
貝を象眼する螺鈿(らでん)など
日本で現在伝わっている技法だけでもこれだけあります。

◯一つの作品にどれくらい時間がかかるの
僕の制作だと、1作品に塗りに半年、加飾におよそ半年ほどかけて制作しています。
産地や他の作家さんによってかかる時間は違うけど、
漆の作品を作るのは工程数が多く、乾燥時間(半日)が必要なので
時間がかかります。

◯japan=漆器は海外で通じるの
これはよくいただく質問です。
chaina=磁器
japan=漆器
という輸出商品に対する名称が海外で広がっており
現在でもそれが通じるのか。
という質問について、答えは
「通じません」
文献を遡っても、海外美術館の展示でもjapan=漆器という訳を見つける事は難しく、
japanを漆器として認識してもらう事は難しいです。
これからはUrushiという素材名、Maki-eという技法名を広めてゆきたいと思います。

その他、漆に関して質問がございましたらコメント欄でご質問ください。

11月13日は「漆の日」

11月13日は「漆の日」です。
由来は上記のツイートが詳しいです。
全国の大学や、教育機関はこの日の前後に
「漆祭り」とか「ろくろ祭り」を行い、日々の制作に感謝します。

起源である法輪寺は工房にとても近く車で約10分ほど
嵐山の渡月橋を渡ったすぐにあります。
こちらのお寺、ロケーションが素晴らしく、階段を上がって本尊にたどり着くと、
少し高い場所から京都を北から一望できます。紅葉シーズンにどうぞ!

法輪寺では11月の13日午前11時から
お経があげられ、その後、狂言が行われます。
漆関係者が全国から集まる日です。

昨年買ったお札と技芸上達お守りをお返しして
今年の新しいものを手に入れました。
漆の神様今年も一年よろしくお願いします!

「漆では食えない」なんて嘘だ

僕も実際に「漆では食えない」と何度も言われてきました。
それはもう言葉の蓄積が断層となって見上げるほどに。
でも、僕はそれを全く信じていませんでした。
なぜそれを信じなかったかというと、
「食えないのには理由があって、それを変えればいいだけ」という、
ある種楽観的な感情を抱いていたからです。
現状を把握しつつも、腐らず自分をアップデートしてやれば、
環境を変えられると知っていたのです。

もう一つ
よく言われる「売れる作品はよくない」
若いうちによく聞くワードですが、
これも、前向きな言葉ではありません。
冷静に考えるとわかるけど、
売れる作品と売れない作品だと、優れている部分は売れている作品の方が多い。ことが多い。
「ことが多い」というのは、ネームバリューとか、作品本来の質以上の要素が加算されるから。
実際のところ、加算される価値を作り上げているのだから、その部分で作品の質と説明することもできます。

つまり、売れるのも売れないのも理由があって
「売れてる作品」を否定するのは、変な前提を自分に刷り込んでいるようなものです。


最近特に思うのは
変な前提を一切捨てて、腐らず作り続けることが重要だということ。
制作は信念の具現化です。
その信念が強ければ、必ず誰かと共有できるものだと信じています。