高校時代の恩師

恩師や恩人との出会いが人生を変えることがあるようです。
人生がそのような岐路に立ったから
その人との出会いがあるのか
運命がそのようにプログラムされていたのかわかりませんが、
僕が漆を始めて、続けてこれた最初の恩人に高校時代に出会いました。

小原貢先生
作家活動をあまりしていなくて
全国的に有名な訳ではありません。
しかし、教員として岡山で漆を教えてくれる珍しい先生でした

小原先生は岡山出身
金沢美術工芸大学で漆を学ばれ
その後、美術教師として教鞭をとられていたそうです。

退職後に私の母校
吉備高原学園高等学校の工芸コースの講師として教育現場に戻られたのだと思います。

僕のイメージは工芸のおじいちゃん先生です。
小原先生のお宅と高校は車で1時間くらいの距離があり
週に何回か授業のときに教えにきてくれていました。

授業内容は本格的で
木地制作から塗り、螺鈿に蒔絵という
普通科の高校にしてはかなり幅広く漆の技術を教えてくれていたと思います。

僕は漆の授業が楽しくて、昼休憩も図書室で技法の予習をしたり
放課後も工芸室に入り浸って作業をさせてもらいました。

そうやって真剣に漆に向き合っていると
先生に「君は作家になりなさい」と言われました。

こんなに漆が好きだし
「僕は作家になろう」
と、あまり深く考えないで決断しました。

小原先生は僕の在学中に脳梗塞を煩って右半身が不自由になってしまいました。
それでも不自由な身体で授業を続けてくれました。
車で通うことができないので、学校の近くのリハビリテーションセンターに入院して
授業を欠かさず教えにきてくれていました。
今から考えると、すごい情熱をもって漆を教えてくれたんだなと思います。

冬休みの長期学校が無いときは、本来なら出身地で家のある鳥取に帰るのですが、
岡山の友人の家に泊まり込んで、先生のお宅まで漆を習いに通ったのがいい思い出です。

小原先生は僕が高岡短期大学中に容態を悪くされて、亡くなってしまいました。
その後、先生の奥様から道具をたくさんいただきました。
その時1枚の色紙ももらいました。

先生の作業部屋にあった色紙は今
僕の部屋にあっていつも見守られながら仕事しています。