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比叡山延暦寺に行ってきた

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最近になってお寺めぐりに目覚めた浅井康宏です。
京都に越してきて2年間、ほとんど休日仕事することも多く
外出してきませんでしたが「蓮の花を見に行こう」と大覚寺に行ったことをきっかけに
○大覚寺
○鞍馬寺
○延暦寺
上記のお寺を日曜日ごとに巡ってきました。

お寺めぐりブログになってゆくことはないと思いますが、
おすすめポイントなど書いてゆこうかと思います。

先日行った比叡山延暦寺
信長の焼き討ちで有名ですよね。
一度焼き討ちにあったことから、
建造物は秀吉や、家康によって再建されたものが多いです。
1200年の歴史があるので、オリジナルの建造物が残っていたらと残念にもなります。
しかし、そこも含め歴史の1ページな訳です。

細かい歴史や成り立ちに関しては
ウィキペディアを参考にしてください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/延暦寺

僕は漆芸作家目線で延暦寺について書いてゆこうと思います。
一度消失しているので、多くの建物が、古くて桃山、江戸になります。
昭和に新築されたものや、移築されたものなどあるので、延暦寺の建造物の年代は様々。
本堂は現在令和の大修理が行われているので、外観は足場に囲まれています。
数年後には美しい姿を見ることができるでしょう。

それ以外のお堂に関して、修復年代が説明されているものとそうでないものがありますが、
状態の悪いお堂について、劣化具合から色々発見することができました。
まず、建築物の塗装には丹塗りと漆塗りが確認できました。
丹塗は朱の顔料を膠で溶かして塗ってあります。
漆塗りは、格子や扉など、強度が求められて、重要度の高い場所に施されている印象です。

両方とも、日光に強いとは言いがたく、屋外にあって、状態は悪いです。
本堂以外にも今後修復が必要となってきています。
漆の劣化状況を見てゆきましょう。

続く

気持ちは形に現れる

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正確に思い出せませんが、
以前、落語家の柳家喬太郎さんの動画で、
「何年も落語を趣味でやってる、素人の落語より、昨日入ってきた前座の落語の方がいい」
という趣旨の話を聞いたことがあります。

コアなら落語ファンなら、大学時代の落研から
社会人になってからも、寄席へ通い、
そして噺の稽古をしている人も
少なからずいると思います。

一方で、昨日入ってきた前座というのは、
場合にもよりますが、右も左もわからないような
師匠のかばん持ちみたいな存在を指しています。
それでも「前座の落語の方がいい」
というのはどういうことでしょう。

僕も思い当たることがあります。
僕の職業、漆芸作家は伝統工芸なので、
落語に通じる、修行や技術の世界です。
なので、その道に入り、極めるために多くの時間が必要です。

僕はこれまで多くの人に自分の仕事を手伝ってもらってきました。
10人以上は色々な形で、僕と一緒に仕事をしてくれました。
その中で、
「この人は大丈夫だな」と感じる人と、
「この人に作品を触らせてはダメだ」と感じる人がいました。
それも、ごくわずかな時間でそれがわかりました。
1時間もあれば、その人の指先からどのようなものが出来上がってゆくかわかるのです。

どのような部分からそれがわかるのかというと、
ざっくりと、
「集中力」と「愛情」です。
お互いは相互に関係していますが、
「集中力」は体のあらゆるところに現れます。
漆に対する「愛情」も実に見えやすいのです。

そして、この2つは無駄に長期間漆を学んだと言う人より、
情熱のある初心者が持ち合わせている場合もあります。
要するに、人生と漆の距離が近いほど、
完成する作品の質は高いのです。

逆に、人生と漆の時間が長くても
距離が遠ければ、
小手先の技術や知識だけというわけです。
冒頭の落語の話につながりますが、
技芸の深度は
気持ちの問題が大きくて、
気持ちで誰かの心を動かせるのです。

作品と写真

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作品を作っても、その作品はそれで完結はしません。
誰かにそれを届けて意味があり、
その方法は
実物を見てもらうだけではないと思っています。
その作品をネット上にアップする、
紙媒体で見てもらう。
そうやって、誰かの目に触れてこそ、
そこにある現代の作品として歩んでゆけます。

そのために、質の高い作品写真が必要になりますが、
僕は若い頃に写真家の大堀一彦さんに完成作品を撮影してもらってきました。
今から考えると、駆け出しの若い作家の作品を
4×5判のでっかいカメラで撮影してくれたこと、(出世払いで)とても感謝しています。

大堀さんが亡くなり、カメラもフィルムからデジタルへ移行しました。
長い間撮影現場に立ち会わせてもらって、
大きな転換期を見てきましたが、
デジタルへ移行したことにより、
さらに前進した作家性が生まれる予感がします。

それは、
写真としての作品の完成度を高める選択が生まれること。
撮影者の作為が色々な意味で作品を生み出す予感。

自分の作品とカメラマンの目線
それが合わさることで、新しい見え方が生まれます。
「かっこいい」
「きれい」
誰かの目を通した
会心の一枚は、僕の作品に
新しい目線を与えてくれました。

今でもよく
手元にない自分の作品の写真を眺めます。
「この作品はこういうセッティングで撮影してもらったな、いい写真が手元にあってよかった」
カメラマンさんと出会うと撮影送られてくる写真がすごく楽しみです。

作品の空気みたいなのを
写真を通して誰かが受け取ってくれたら嬉しいです。

ブログの表示回数が20万ビューを超えました!いつもありがとうございます。

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最近更新が鈍っているブログですが、
ふと見ると
今までの記事合計表示回数が20万ビューを超えていました。
本当にありがとうございます!

ちなみに今までにアップした記事は
705記事

書いたけど、未公開、途中で書くのをやめた記事が
150あまり。

1000記事に到達するのは来年でしょうか。

最近はFBで中国語の記事をアップしていたり

https://www.facebook.com/淺井-康宏-390145685152145/

英語のブログの更新も行なっております。

http://asai-urushi.com/blog_en/

どちらも成長途中ですが、できるだけ続けてゆきたいと思います。
今後もブログをよろしくお願いします。

物を通して心を伝える

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「漆器は高くないと売れなくなるな。」
そう思うきっかけがありました。

数ヶ月前に食洗機を買いました。
「食洗機ってしっかり洗えるのか?」少々疑っていたのですが、
使ってみて生活のストレスが1つ減るレベルで良い商品でした。
手洗いよりキレイに洗えます!まさに時短。
これは各家庭に必ずあったほうがいい家電です。
洗濯乾燥機と食洗機は忙しい時代に時間を提供してくれる必需品といえます。

さて、食洗機を使い始めたことで、
「あ、これは食器としての漆器を考え直さなければならない」と感じたのです。

食洗機に漆器を入れるのは抵抗があります。
食洗機は熱湯と熱風で洗い、乾かしてくれますが、
それが漆器にとって良くない気がします。(実際に試していません)
蒔絵とか、螺鈿が入っているともっと気がひけるので、手洗いします。
すると、漆器が気軽なものではなくなってしまいました。
食器洗いの自動化が起こると、漆器だけ個別に洗わなければならない。

つまり、手間がかかります。

物事が便利になると、前まであったものが急速に廃れてしまうのが常です。
漆器も機械洗いが普及すれば、より数を減らしてゆくのは容易に想像できます。

食洗機でも大丈夫な漆を作れば?という発想が生まれるかもしれません。
でも僕はそれはあまり良くないと思います。
食洗機でも使えるという食器の一般性能に追いつこうとするのは
つまり、ライバルを陶器やガラスやプラスチックに設定していることになります。
その戦い方が現状の漆器業界の苦戦の原因なので、
便利なことや安価なことを追求してはダメだったのです。

解決策は、
○顧客を絞る
○商品ラインナップを絞る
○無理のない価格設定をする
そして、一番大切な
○文化を作り、売る

まず、陶器やプラスチックと張り合って
どこにでもある大量の食器を作るという戦略はこれからもっと厳しくなります。
身近さや手軽さから離れるのは辛いですが、
もはや日常の器として漆器のポジションは無いです。

漆の食器がこれからも使われるとしたら、
それは大切な文化として食とよりそう事しかできないと思います。
つまり、丁寧な料理を丁寧な器に入れて楽しめる人にだけ伝える。
そして丁寧に扱ってもらう。

漆の食器は
便利ではありません。
だけど、丁寧で美しいものです。
それは日本の食文化に寄り添ってきた大切な心です。

僕たちは物を通して心を伝えたいのです。

ギャラリーとの関係

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美術作家をやっていると、ギャラリーと作家の関係性は重要です。
だけど
「伝統工芸」の「漆芸作家」という立ち位置にいると
ギャラリーとの付き合いがほとんどありませんでした。

どのような活動をしていたかというと
○公募展に出品する
○百貨店でのグループ展に参加する
○百貨店で個展する

順調に行ってもこの3つの活動に絞られていて、
百貨店で個展ができるようになるまでに長い時間がかかってしまいました。


なぜ「伝統工芸」「漆芸作家」というポジションが
ギャラリーとの関係に距離をもたらしていたかというと、
立体を扱うギャラリーの少なさと
その中でも漆を扱うギャラリーが少なかったからです。
理由は他にもたくさんありますが、
やっぱり漆を扱うギャラリーは少なくて、
結果的に長年にわたり築かれてきた
百貨店美術と伝統工芸の関係性の中で生きてきました。


でも最近少しずつ状況が変わってきたように思えます。
国内で伝統工芸とアートの距離感を見直すような動きが見られ、
活動領域が広がってきています。

僕の作品のコレクターさんも「伝統工芸しか集めない」
というよりは「現代アートを集めている」という人が多く、
自然と他の作家さんとの繋がりも幅が広がってきました。


そして最近ギャラリーとの関係も少しずつ生まれてきました。
作品の活動領域はもっと広がりを見せると思うし、
それを予感させるような作品を作ることができるようになったのかなと。
自分自身の変化も大きくて、加速してゆけそうです。

香港へ

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先日香港へ行ってきました。
香港といえば、最近大きなデモが続いていたので
「行って大丈夫なの?」
「交通網麻痺してない?」という心配がありましたが
きっかけとなった法案が撤回されたため、普通に渡航することができました。

香港に行った理由は展覧会を見るためです。
香港のアートセンター・大館「MURAKAMI vs MURAKAMI」
諏訪敦さんの SOLARIS • SOLO EXHIBITION OF ATSUSHI SUWA
諏訪さんの個展は6/29日終了予定の展覧会だったのですが、
7月まで延長されたので見ることができました。

「MURAKAMI vs MURAKAMI」ですが、
色々情報を見ていたら、会場設営から力の入れようが違う感じがして、
「見に行かなきゃ」と思い、足を運びました。
村上隆さんの展覧会は
パリのペロタン
森美術館でも見ていたのですが、
会場を作るという意識が強くて、
いつもかっこいいんですよ。
作品も好きだし、見せ方の勉強になります。

https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/19797
(美術手帳リンク)

香港はとにかく雨が多くて暑かったです。
湿度が高いため、気温以上に体力を奪われる感じです。
滞在中に嫌な思いをすることは少なくて、
一度だけ不機嫌なタクシー運転手に当たってしまい、
最後に料金つり上げられたくらいで(100円くらい)
他は親切な国だと思いました。

いつも思うんだけど、
行きたいと思う展覧会には行こうと思います。
それは自分が憧れていて、到達したい場所には
出来るだけ近づこうとしたいからです。

「自分が見たことがある」
「自分が知っている」という状態の方が
目標を達成しやすくて
不思議と情報も、機会も増えてゆきます。
だからパスポートとスマートフォンがあるならば、
ちょっとした思いつきでさっさと飛行機に乗ってしまおうと思います。
(国内海外共に毎回もう少し下調べした方が有意義なだと思うけど。。)

「行けたら行く」
「行きたいけど、行けない」より
「行きたいから行く」人生を歩んでゆきます。

高いところから見る東京が好き

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過去作に夜景と月を描いた作品があります。
蒔絵玳瑁宝石箱「街の空」

浅井康宏
蒔絵玳瑁宝石箱「街の空」

この作品はもともと2013年ごろに公募展のために制作し、
2017年に全面的に作り直した思い出ぶかい作品です。
この作品のシリーズを作りたいと思い、
最近取材を重ねています。
その中で、

「街の光をできるだけ高い視点から見たい」と思うようになりました。
というのも、高いビルから見る夜景も綺麗なんだけど、
夜の飛行機に乗って羽田空港を飛び立つ機内から見る東京の夜というのは、強烈なイメージなのです。
人間の息遣いが塊になって脈打っているような。

実際に新宿のような過密なビル群からは
血管のように街の光が伸びてゆき、何かの生命体のように見えます。

空から見る光りの1つ1つに人間のドラマがあるんだけど、
それをどうやって描けば良いのか。
「もっと見たい!」という思いが強くなってきて
ヘリコプターをチャーターして
取材に出かけました。

当たり前だけど、ヘリコプターって、飛行機より繊細で、
気象条件により飛ばなくなることがあります。
1度目のチャレンジは4月でしたが、
雲の状態が悪くて延期。

2回目で飛ぶことができました。
僕は雨男なので、心配でしたが、
飛ぶには飛んだけど、
飛んだ直後から雨が降り始めてしまい
取材としてはベストとは言えない状況でした。

それでも、
ヘリコプターから見る東京は感動しました。
降りてからもしばらく鼓動が高鳴るような感じ。

うまく作品にできるかはわからないけど、
また夜空から東京を眺めたいと思いました。

クオリティを追求する日々

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2017年に初個展「光をめぐる」を開催しました。
ありがたいことに高評価を得ることができ、
個展での作品はほぼ手元から無くなり
それまで活動していた埼玉から京都へ活動拠点を移しました。

初個展の直前は土日に後輩に手伝ってもらうこともあったけど、
大作の多くは一人で作り上げた個展でした。

個展終了後に銀行口座にお金が入ってきて、
それは全て自分の会社に振り込んでもらい、
京都での工房制作の制作費に充てることにしました。

その時、僕には大きく2つの選択肢がありました。


1つは
○クオリティはそのままで、集団制作により今までより数をたくさん作る

もう1つは
○数を求めずクオリティをひたすら追求する。

僕は後者の○数を求めずクオリティをひたすら追求する。
を選び、2年が経ちました。
実際にクオリティ重視の制作に大きく舵を切ってみると、
予想をはるかに超える問題が起こってきました。

1、時間が膨大にかかる。
2、出費が想像以上に大きい。
3、外注できる仕事がほとんど無い。

この3つの問題は切実で、
今までの蓄積を生かす事が出来ない場面が多く発生します。
京都での制作も2年がすぎて、
多くの問題は解決されないまま、制作を行う日々が続いているけど、
来年あたりから、少しずつ僕がしたかった事が実現し始めます。

つまり、京都に来てからスタートした作品が、
三年という時間を得て少しずつ完成し始めることになります。

僕が向かおうと、差し向けた方向に迷いはなかったけど、
「自分と作品を新しい世界観の中に突入させる」という日々に
いつも、もがき、苦しんでいます。

でもそんな日々の中にからしか、
現代最高の漆芸表現へたどり着く事が出来ない。
少なくとも僕個人には、それが必要なのだと思います。

ありがたいことに、
少しずつ発表の機会が広がってきて、
向かう先に光が見えてきたように感じます。

蒔絵玳瑁宝石箱 「刻」

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僕の出世作とも言える作品
蒔絵玳瑁宝石箱 「刻(とき)」
この作品は僕が31歳くらいの時作った作品で、
日本伝統漆芸展で賞をいただきました。


さて、刻というタイトルですが、
光が刻む記憶や、人間の鼓動の記憶みたいなものを描く作品を作りたいと思いつけました。
中央に刻々と連なる光は、宇宙の光、そして人間の鼓動を表して、
一点の出発点からどこまでも続く光のイメージが箱に表されています。


宇宙には長い時間を経て僕たちの目に入ってくる光があって、
何万光年の旅を経て僕たちが目にする時、その光を発した星は存在していないということもあるでしょう。
それって少し不思議じゃないですか、
タイムラグがあるにしても、単位が大きすぎてよくわかりません。

でも、そのタイムラグの中間地点には確かに光として
その光を発した光景が残っているわけです。
そして終わってゆく様も。
それって少し不思議。
光源はすでにないのに、光は残っていて、旅をし続けている。


僕たち生きている人間にも、
伝えきれない気持ちや、言えなかった思いをそっと抱えながら、
長くても100年くらいの命を生きてゆきます。
誰にも見えないかもしれないけど確かにある気持ち。


光や想いに形はないけど、
確かにそこにあって、
刻々と時間の中に消え去ってゆきます。
いや、消え去ったように見える。

もしそれらに形を与えることができるならば、
「ああ、僕は漆でできるかもしれない」
そう思って作りました。