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フィリピン留学は「精神と時の部屋」だった。 若手作家に全力でオススメしたい。

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こんにちは漆芸作家の浅井康宏です。
三ヶ月の語学留学を終えて今ホテルでブログを書いています。
留学の結果ですが、僕の語学力は伸びました。
フィリピンの語学留学は一言で言うと「精神と時の部屋」
(※精神と時の部屋とは、『ドラゴンボール』に登場する、神の神殿最下層にある修業部屋。
この空間では、外の世界に比べて時間の進み方が違っており、部屋の中の1年が外界の1日に相当する。ニコニコ大辞典より引用)
感覚的には一ヶ月が一年分くらいの意味を持っていたように思います。

ペラペラには程遠いけど、
臆さずに話して、いろいろな方法で気持ちや要件を伝えることができるようになりました。


フィリピン留学の利点は何と言っても個別授業にあります。
僕は一日6時間の個別授業と1時間グループレッスンを受けていました。
つまり、1日7時間は絶対に英語を聴き続け、話し続けているわけです。
日本にいたら絶対できないし、そもそも話す時間が全てグループレッスンだと
1時間をグループのメンバーと分け合うことになり、10分話せればいい方ですよね。


語学留学ならF2F(Face to Face English School)がオススメ
初めてのフィリピン留学だったので他の学校と比較することはできませんが、
僕の通ったF2Fという学校はとても良かったです。

Face to Face English School

F2Fの良いところ1
先生が真面目

フィリピン人のイメージが変わるほど真面目な先生達が在籍しています。
給料の安いバイトではなく、正社員として在籍しているため、本当に優秀な先生方でした。


F2Fの良いところ2
個別授業の内容が濃い

先にも書いたように個別の授業の質が高いです。
先生がそれぞれ僕に適した授業内容を組み立ててくれて、
さらに先生達が連携して、内容が被らないようにしてくれるので
毎日最適化された6時間を過ごすことができました。


F2Fの良いところ3
気候が最高

フィリピンのイメージは高温多湿な常夏のイメージだと思います。
しかし、F2Fのあるタガイタイ はフィリピンの中でも高級避暑地として知られていて涼しいです。
春です。常春なのです。
日本の夏より過ごしやすくて驚きました。


(湖沿いのレストランからはタール湖が一望できます。)


F2Fの良いところ4
宿舎が綺麗

高級避暑地のタガイタイ。留学中の宿舎は綺麗な住宅でした。
僕はシャワールームとトイレがついた個室で生活していました。
不便なのは湯船が無いこととくらいで、今までで住んだ家の中で最も美しい家に暮らしました。
見てください、この大理石の床を!


F2Fの良いところ5
先生と同じ宿舎でいつでも英語を話せる

留学生が生活している宿舎では先生も一緒に生活しています。
僕が課題についていけなくて困っていたら
「教えようか?」と先生がなんども宿舎でレッスンしてくれました。
普段の会話も含め、宿舎でも成長できました。


メリットをたくさん書きましたがデメリットもあります。

フィリピン留学のデメリット
その1
治安の問題

タガイタイはフィリピン国内でも治安がいい場所だったと思います。
住宅地のゲートには守衛が数名いて24時間警備されており安全ですが、
ゲートを出ると日本に比べると夜道は暗いので注意が必要です。


その2
アリが多い

虫が苦手な人は最初はきついかもしれません。
日本の都会より虫が多いです。ただ、不思議と蚊はあまりいません。
日本の夏より刺されませんでした。
一番遭遇率の高いのはアリです。常に行列をなして家の中のいます。
慣れましょう。

その3
交通事情は最悪

日本の整った道路を知っていると、フィリピンの交通事情は最悪です。
タガイタイには信号が1つもありません!
なので道の横断には慣れが必要です。
移動は現地の移動手段、ジプニー、トライシクル、バスを使います。
全て安いですが、ローカルな移動手段なので、こちらも慣れが必要です。


以上のようにオススメポイントと日本に比べるとちょっと不便なところもあります。

とくに将来世界で活躍したいと思っている若いアーティストは、自分の作品集を持ってぜひフィリピンへ英語を学びに行って欲しいです。
先生がカスタマイズしてくれた使える英語で世界に挑戦するスタート地点に立てると思います。
「精神と時の部屋」に少しの間こもることができたので、新しい一歩を踏み出そうと思います。

フィリピン留学ならF2F
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
Face to Face English School

京都の漆教室 STUDIO ZIPANGU

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実はひっそりと漆教室を開校していました。
内容は塗りから蒔絵まで本格的な技術を学んでもらっています。

もともと、京都工房を作るときに漆教室用に用意した部屋があって、そこで漆に触れてもらえる機会を作ろうと思っていました。
段階的にスタッフに講師業を任せて行こうと思っておりましたが、僕自身楽しくて今でも毎週講師をさせてもらってます。
今後は少しずつ講師業を任せられるようにしてゆきたいと思っています。

少人数で丁寧に教える教室なので、今以上生徒さんを増やすつもりはありませんが、
生徒さんの一人が自身の個展制作の時間確保のため卒業することになりました。
かねてより、一人になっても継続できる技術を伝えたいと思っていたので今回の卒業は嬉しいです。


ツイッターで教室の空きが出たことをおしらせしたらたくさんの方からご連絡いただけました。
実際に教室に見学に来ていただき、興味を持っていただけたらぜひ漆に触れてほしいと思います。
ご連絡いただいた方の中に、遠方の方もいらっしゃって
自分が何人もいたら出張教室ができるのにな、と少し悔しい気持ちです。

遠くの方からご連絡いただいた場合、
信頼できる漆芸家が主催している漆芸教室をおしらせしております。


現在火曜日の夜の教室しか開校しておりませんが、
今後ご要望が多ければ土曜日のクラスも考えております。
引き続き興味を持っていただけたらご連絡ください。

下記の写真は生徒さんの作品です。
一番最初の蒔絵作品ですが、とても美しいお弁当箱が完成しました。
ご家族のお弁当を毎日作っている方なので、機会があったらお弁当の写真を見せてもらいたいです。

自分の仕事価格を勝手に安く見積もってしまう人へ

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こんにちは、漆芸作家の浅井康宏です。
今日はフリーランスあるあるだと思うのですが、
自分の仕事価格を安く付けてしまう人の気持ちと、僕の考える対策を書こうと思います。


プロローグ
フリーランスで仕事していると、
仕事の価格を決めるという重要な業務がのしかかってきます。
時給や月給計算ではない難しさがあります。

僕の場合。
活動初期はとにかく自信が持てなくて、
出来るだけ安い価格でいい仕事をしようと思って見積もりを作っていました。
ちなみに20代の頃は親戚に頼まれた家紋の蒔絵や
おわん制作などをしていました。

問題の作業料ですが今から考えると、
とてつもなく安い価格で作業していました。
おそらく材料費を引くと時給計算すると1時間で200円〜500円くらいだったと思います。


なぜ安く見積もっていたのか
実は、自分の仕事を売る時
「相手のお金を奪ってしまう」という心理が働いていました。
直接相手が見えるだけに、「お金をもらってしまって申し訳ありません」という気持ちがあったんです。

普通に考えたら、「仕事をしてお金もらうのだから申し訳ないなんて思わなくてもいいのでは?」と思われるかもしれませんが、
当時の僕はお金との付き合いがとても下手でした。
根本的に自分が生み出した価値にお金という対価を結びつけるのが苦手だったのです。


転換期
僕が仕事をする上で、作品価格について冷静に向き合えるようになった出来事が2つあります。

1、人間国宝 奥山峰石先生に仕事を頼まれる
以前のブログ(https://asai-urushi.com/blog/仕事の値段を決める方法を教えてもらった話/)でも書きましたが、
先生は僕の制作活動を支えてくれるため、時折ご自身の作品の蓋の制作、グループ展での作品購入など、公私共支えてくださいました。
そして、いつも「次も引き受けても良いと思える価格を付けてください」と言って、僕が伝えた請求金額より多く支払って励ましてくれました。

ときに厳しく「ちゃんと仕事になる価格を付けてください」と言われたことが、
職人として、作家として生きてきた先生の実践的な教えでした。


2、最高の消費者を目指す
これは明日からでもできることなので、自分の仕事の値段を決めるのに自信がない人はぜひ、自分の業界の中の最高の消費者になってみてください。
僕の場合は美術業界なので、好きな作家の作品を積極的に買っています。
「なんで消費者になると、価格をつけるのに罪悪感がなくなるの?」と思われるかもしれませんが、
好きな業界の好きなものを買うと、
心から「こんな素晴らしいものを作ってくれてありがとう!」と思えるのです。
そして今まで囚われていたお金という得体のしれないものが
価値の交換ができる素晴らしいものへと変化しました。

消費者になってみて、今まで買ってくれた人が
「ありがとう」と言ってくれた言葉の意味がわかったのです。


お金との付き合い方や、
罪悪感のような感情。
フリーランスになると色々な悩みが生まれると思うけど、
自分が作るものが多くの人に喜んでもらえて、
そして自分の活動も加速させるために一歩ずつ階段を登る方法は必ずあります。

97%中国産頼りの日本の漆業界について

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こんにちは漆芸作家(シツゲイサッカ)の浅井康宏です。
今日は先日多くの方にご意見いただいた日本産漆について書きます。


プロローグ
現状日本の漆使用量の97パーセントは中国産頼りです。
しかし、数年前までは98パーセント中国に頼っていたというデータだったので、
1パーセントでも回復したことになります。

ツイッター上で多く寄せられた疑問は2つ
○品質はどう違うの?
○価格はどれくらい違うの?


1,品質の違いについて
品質については、中国産と日本産の差はあまりありません。
実際に化学分析してみても極端な差は出ないはずです。(今回は科学的なデータの掲載はしません)

作り手の感覚からすると、
日本産は湿度を与えることにより硬化する漆の特性をコントロールしやすい側面があります。
これは、日本産漆が採取時期によって、特徴を持っているからです。

初漆=乾きが早いが透けが悪い
盛漆=乾きは程よく透けが良い
末漆=乾きが遅く、透けが悪い

上記の特徴を生かしてそれぞれ、絵漆、塗り用の漆、下地と使い分けることができます。
たぶん輸入された漆は全てのシーズンのブレンドなので、平均的なパフォーマンスを見せてくれます。
日本産は産地や採取時期を選んで使える分、上級者向けであり、
扱いが難しい側面があります。

※ツイッターで中国産は日本産漆より紫外線に弱いという情報をいただきました。
これについてはソースを確認し、また漆屋さんにデータをいただきながら正しい情報をいずれアップできればと思います。
今回は明言を避けます。


2,価格の違いについて
価格の違いについては、日本産が中国産の5〜8倍であると思います。
最近は自家製の漆を使っているため、相場がわかりませんが、だいたい上記の範囲でしょう。
日本産、中国産ともに年々価格が上がっています。
将来的には中国産の漆も高騰することが予想できますね。


上記のように、あまり特徴を打ち出せていないが価格が高いというのが現状で、
長い間、国産漆は苦労してきました。
採取法が原始的で、採取総量を増やせないのが問題で、
機械的に生産量を増やしコストを抑えることができれば、
将来中国産の漆の値上げも考えれば、国産漆の使用量が回復することも可能なはずです。


最後に
文化庁が平成30年より国宝・重要文化財建造物の保存修理に用いる漆を原則的に国産を使うように決定しました。
これによって、それまで余っていた日本産漆が突然足りなくなりました。
しかし、漆の生産までには長い年月がかかります。

首里城の消失も含め国産漆への関心が高まっている今、
明日のための植栽は急務であると感じます。

漆に関心を持ってくれる方が一人でも増えると嬉しいです。

未来のためにできることなんて、たった1つしかない。

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こんにちは、漆芸作家(シツゲイサッカ)の浅井康宏です。
今日は僕が先生達から教わった成功の方法を書こうと思います。


結論から言うと
成功のため、未来のために今の自分ができることは、
続けることのみだと思います。
「当たり前じゃ無いか!」
「続けるだけじゃ意味がない!」と言われそうですが、
何かを続けることって、単純ではありません。

継続して何かを行うっていうのは、
実は日々変化しながら、前進し続ける意味もあります。
例えば、何かを作っているとして、
同じものを何年も何十年もただ継続してゆくのは難しいのです。
物のクオリティを常にあげてゆく努力をしなければ
その業界、企業、個人への仕事は無くなります。

つまり、続けると言う言葉の中には
確実に変化と努力が含まれています。
長期的に活躍している企業や、個人というのは、
変化を繰り返しながら継続的な活動を行なっているはずです。

それに、単純に続けることって難しいです。
先にも述べたように変化を必要とするので、
周囲がどんどんと消えてゆきます。
なので単純に続けた者勝ちみたいな側面もあります。


僕が展覧会に出品しはじめたとき僕のお世話になっている
先生達全員に言われたことがあります。
出品しはじめたら絶対に休むな
半信半疑でしたが、あまりにも多くの先生達に言われたので
「きっと本当のことなのだろう」と思って、頑張って続けてきました。

僕の場合、制作と発表を半ば強制的に続けてきたのですが、
今になって、先生達がなぜあそこまで続けることを強要してきたのかわかる気がします。
昭和的な根性論も少しは含まれているんだけど、
そんな根性論が必要な時もあるのです。

苦しいことや悔しいこともたくさんあるけど
続けるということが前提であるだけで、
走り続けれるのです。

誰にも見られていなくても、小さな一歩で誰よりも長く走り続けられれば
その分だけ、遠くに行ける可能性が伸びます。
細かいことは走りながら考えて、その場その場で知識や技術を現地調達してゆくのです。
ただ続けるってことだけど、それは自分の力を最大化させてくれるたった1つの方法です。

やっと、先生達が僕に語りかけてくれたことの意味が少しずつわかるようになってきました。
こんな単純なことだけど、どうか
今まで思い描いてきたもの、明日から始めたいもの、
どんな小さなことでも、好きなこと続けてみてください。

守ること、展開すること。

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先日Twitterにアップしたツイートに多くの反応をいただきました。

このツイートの内容は、日頃僕が考えている制作姿勢であり、
今後の工芸全体に対する思いをまとめたものです。


ふと忘れそうになるのですが、
伝統的な物って、必ずその時代の最先端だったものなんです。
例えば、僕の仕事である蒔絵はおよそ1200年の歴史があるのですが、
当時の人が初めてできたてホヤホヤの蒔絵表現を目にした時
「なんだこれ!?めっちゃぴかぴかしててかっこいいじゃん」と思ったはずです。
そして、それから1200年の時を経て蒔絵は多様に展開して現在に伝わってきてくれています。

それは、確実に各時代の工夫や発明、そして時代が持つ雰囲気を捉えた当時の職人の
「かっこいい表現」への挑戦の歴史なんですよね。

時代の雰囲気について具体的に言うと、
平安時代から鎌倉時代へ変わると、雅な金蒔絵からより大胆な意匠感覚へと移ってゆきます。
つまり以前の社会体制から生まれた意匠感覚を引き継ぎつつ、
新たな武家社会が持つ時代感を捉えた最先端の蒔絵が生まれてくるわけです。


僕たちの時代にはどのような蒔絵表現が最適なのか、
それは時代のふるいにかけられた100年後に答えが出ていると思うけど、
どの時代でもそうであったように、絶対的な「今」が作品からにじみ出てこその
伝統工芸だと思っています。

高度な手わざを継承しつつ、現代的なアプローチを続ければ、
必ず今の時代の傑作が生まれることを信じて、作ってゆきます。

機会がありましたら、実際に作品を見ていただけたら嬉しいです。
僕の作品は立体なので、立体の美しさや素材のキラメキにふれていただけると思います。

「二ヶ月フィリピンで英語漬けになってみて、どれくらい話せるようになったのよ?」と聞かれらたら、僕はこう答えます。

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こんにちは漆芸作家の浅井康宏です。
訳あって、現在三ヶ月のフィリピン留学中で、いま二ヶ月が経過したところです。
「留学ってどうなの?」
「そもそもフィリピン留学って意味あるの?」出発前は色々と言われました。
発音の問題とか、治安とか。
36歳になって英語力はどのくらい成長するのか、現在の僕が考えていることを書きます。


プロローグ

9月の上旬に僕は初めてフィリピンに降り立ちました。
空港から出た時の「モワッ」とした空気と、そこら中にいる警備員がショットガンを持っているのを見て
「ああ、海外に来たな」と思いました。

しかし、僕が留学しているのは首都マニラから車で2時間ほどのタガイタイという
避暑地です。実はここがとても過ごしやすいのです。
マニラが常夏ならば、タガイタイ は常秋
こちらでの生活については、またいずれ書こうと思います。


(タガイタイは標高が高くて、近くに湖があるとても過ごしやすい場所です)

本題の英語力は?
二ヶ月こちらで過ごした実感として、
英語力は伸びています
言い切ることができるのは、新しく入ってきた人の英語を聞いてると
「一ヶ月前の自分もあんな感じだったな」と感じる事が多く、
特に英語を聞くことに慣れてきました。
最初の頃って、基本的な質問も何度も聞き返してしまっていました。
例えば「何歳?」「どこからきたの?」って英語でいきなり聞かれると、
少しパニックになって、数回聞き直して答える感じだったんです。

今は、英語で話しかけられるのが当たり前なので、
以前よりはすんなり聞き取れます。


ちょっとした変化
最近ちょっとした変化を感じています。
それは、道で会った近所の人と立ち話をしている自分がいて、
日本でも近所の人とあまり立ち話なんかしないのに、
ふと「ん?俺、近所の人と立ち話してるじゃん、英語で!?」って驚きました。
言っておきますが、ペラペラの英語ではないですよ。
文法とか、所々間違っているかもしれないけど、会話してるのです。

日本にいたら「英語で話しかけられたくないな」とか道を聞かれたらパニックになっていたけど、
色々な人と話しています。


というわけで「英語を話す」ことの精神的な障壁が取り払われてきて、
自分の持ってきた英語力を使って実際に話すことができるようになってきました。
来る前の英語力は多分中学2年生程度の英語力だったので、
その範囲内で会話はできます。

残りの一ヶ月は文法や単語を充実させてゆく期間になってゆくと思います。
さて、あとどのくらい伸びるのか。


現在僕が学んでいる学校のご紹介
ここの学校についてオススメしたいポイントがたくさんあって、
書きまくりたいのですが、ひとまず僕の留学の成果と合わせて帰国後に詳しくご紹介したいともいます。
とりあえず、フィリピン留学ならF2Fのサイトを見てみてください。

https://f2fenglish.jp


海外で個展したい僕の活動と、結果を出せない毎日。

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こんにちは、漆芸作家の浅井康宏です。
今日は僕が海外での活動を目指す上での、目標と現在どのようなことをしているかを書こうと思います。


プロローグ
Twitterをご覧の方なら、ご存知かと思いますが、現在僕はフィリピンに語学留学中です。
「なぜ英語を?」と思われるかもしれませんが、最近英語が必要になることが増えてきました。
海外からくるメールは95パーセントくらいは英語です。残りは、信じられないかもしれませんが、
自国語で来ます。(イタリア語とか、ちょっと覚えていませんが北欧の自国語など)
その都度、グーグル翻訳に頑張ってもらって、メッセージのやり取りをしています。


実は、メッセージのやり取りだと、グーグル翻訳で十分なことが多いです。
内容が決まっていれば、それで話が進められますし。
ある程度の精度で、翻訳してくれていると思っています。
(決して十分ではありません)


ただ、実際に会う機会がある場合、
話す必要があるので、英語力が必要になってきました。
で、ここから僕が考えていることなのですが、
「実は、高度な美術の話をする必要はないのではないか」
という仮説を立てました。
もちろん会話は高度な方がいいですが、
海外で活動をしている作家さんは、高い確率で英語を話しています。
だけど、一緒に行動させてもらったり、
映像で見ていると僕も聞き取れる会話をしていたのです。
なので、当面の僕の英語力での着地地点は
「この人とは気が合うな」と思えるくらいの英語力です。


さて、英語を用いての活動を広げてゆきたいのですが、
世界にとって僕は、
「知らない素材を使う」
「知らない作家」です。

つまり、ゼロの状態ですね。
そう、数年前までの個展もしたこともないような、実績ゼロの状態です。
この期間は長くて、厳しいのを知っています。
企画する立場からしても、
買う立場からしても、
「商売の伸びしろがわからない商品」といった感じ。

だけど、こういう苦しい時期だからこそたくさん行動したいと思っています。
直接話が進まないことが多いからこそ、恥をたくさんかこうと思います。
個展がしたくてたまらなかった20代の頃のように、
大声で

「個展させてください!必ずや成果を上げてみせます」と

今は世界に向かって叫んでいます。

蒔絵螺鈿舟形箱「海路」

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作家という生き方は、時に孤独なもので、
それは夜の海に小さな舟を浮かべ、
見えない目的地を目指すようなものです。

真っ暗闇だけど、心にはぼんやりと光が灯っていて
それが進路を照らしてくれているように思います。
暗闇に灯る美という小さな光を手がかりに
見たこともないような景色を見たい。

Yasuhiro Asai 浅井康宏
Photo by Tadayuki Minamoto

箱の蓋を開けた時、心の中を満たしている光があふれ出すような作品ができました。

美術が好きだ。
漆が好きだ。
蒔絵が好きだ。

1日でも長く、僕は作品を作っていたい、
そして一人でも多くの人に作品を見てもらいたい。

いい作品ができました。

ゼロをイチに変えてゆく

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今回の記事では僕が物作りの生き方に悩んでいた20代の頃の不安と
振り返ってみて、その時期にやっておいてよかったことや、
失敗経験から見つけた活動の本質を書こうと思います。

2013〜2015年あたり、僕は焦っていました。
「個展をしたい!!」という気持ちが膨らんで、
とにかくいろいろな人に会い「個展がしたいです!」と言いまくっていました。
それでもまったく結果が出せなくて苦しい時期でした。


僕はその頃、作家としてのキャリアの成長曲線は
なだらかな右肩あがりだと思っていました。
だから、長期間平行線しか描いていない自分のキャリアが
ゼロのまま30代に突入してしまうのではないかと怯えていたのです。
漆芸作家は極端な寡作(かさく)なので、制作面での焦りもありました。


結論から言うとキャリアの成長曲線は
ある時点で急激に上昇し、平行し、また上昇すると言うイメージの方が近いと感じています。
例えば、
◇インパクトのある個展を開く
◇雑誌に紹介される
◇テレビに出る
◇賞をとる
◇相性抜群のギャラリーと仕事する

など、何らかのきっかけで一気に認知されることがあります。
最初の上昇ポイントに到達するまでは、とにかく苦しいし、無力感があります。
活動してもゼロが続く感じです。

そして、ここがポイントなのですが、最初の上昇ポイントが訪れても
自分を取り巻く環境は、おそらくそこまで変わりません。
本人的にはゼロではなくなったから
「これからすごいことが起こるかも!!」と思うのですが、
実際はあまり変わらない明日が来て、明後日がきます。
(認知と変化は時差があります)

僕がそうだったのですが、全国展で賞をいただき
NHKで作品が少しだけ登場して喜んだけど、周囲の変化は感覚的に「無」でした。

ただ、このような機会でキャリアがゼロからイチになったと言えます。
なので、とにかくアクセルを踏み込みましょう。


その後、また平行線を歩み、小さな足し算や掛け算を続けていって、
自分の活動が加速してゆく実感があります。

ゼロの時代が長くても、
変化がわかりにくいイチの期間も歩みをやめず、
前を向いて歩んで行くことができるならば、
ふとしたきっかけで、足し算や掛け算が自分を次のステージに押し上げてくれます。


結論としては
○結果が出ない時期は長い(焦っているからそう感じる)
○ゼロからイチになってもあまり変わらない(実際は変わってるけど、実感は少ない)
○歩みを止めたり、休んだりするとずっとゼロのまま
○とにかくもがいていたら思わぬところからチャンスが来る
○チャンスが来たら迷わず掴む!!(納期大丈夫かな?自分のキャパ超えてない?とか考えない)

このように考えながら、日々活動を続けています。