カテゴリー別アーカイブ: 何でもないこと

ネガティブな記事がPV一位なのが気に食わない

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こんにちは漆芸作家の浅井康宏です。
今日は「ネガティブな記事」を超えたいということを書きます。
まず、人間って本能的にネガティブなニュースを欲しています。
統計的に明るいネタより暗いネタの方が新聞が売れるし、
テレビも視聴率が稼げてしまう。だから自然とそのような情報が溢れてしまいます。

きっと僕たちは本能的に危機を回避するために危険な情報をまず得ることを選んでしまうのでしょう。
実際に僕のブログ記事のPV数1位の記事も残念ながらネガティブなネタです。



その記事はこちら
「芸大おじさん」「ギャラリーストーカー」迷惑なお客さん

だけど僕のブログってあまりネガティブなネタがなくて、
この記事だけ浮いてるんです。
僕としてはぜひ明るい記事でPV数を超えたいと思っています。

特にこれから個展に向かう中で作品についての記事、
個展の記事や個展の告知で超えることができたら良いなと思っています。

ということで、今後
作品についてたくさん書いて行こうと思います。

意味が無いと思っていたブログも、誰かが見てくれていた。

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こんにちは漆芸作家の浅井康宏です。
今日はブログ執筆について書こうと思います。

先日ある取材を受けていて、記者さんに「実はブログを読んでます」と言われたんですよね。
作品から知り合いになることは多いけど、きっかけがブログとは珍しいなと少し驚きました。

実はブログは5年くらい続けていて記事の総数はもうすぐ800くらいなんです。
アップロードしてない記事も入れたら1000くらいある。
最初の頃は閲覧数が10から40くらいの、誰にもヒットしない記事でした。
でも作業が終わった布団の中でポツポツと書いてきたんです。

すると「読んでますよ」とたまに言われるようになってきました。
文書書く人に「読んでます」と言われると、割と恥ずかしい。
同業者に読まれるのも割と恥ずかしい。



でも「自己表現の一環」として続けていて
記事から生まれる関係ができたり、
最近だとYouTubeLiveの喋りに実はブログを書いてきたことが役立っていると実感できて
「続けてきてよかったな」と思うことが増えてきました。

800記事書いてきて、そんなにヒットしてないのだから
たぶん僕には文才はないのだろうけど
言葉を発していれば、
作品を作り続けていれば
誰かの心に少し何かを届けることができるのかもしれません。

アウトプットの習慣としてYouTubeが加わったけど、
これからもブログを続けようと思います。

androidスマホでkindleの読み上げができる方法を発見したよ

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こんにちは漆芸作家の浅井康宏です。
今日発見したAndroidスマホでのkindle本の読み上げについて書こうと思います。
僕は今までiphoneを使っていましたが、今回Androidスマホに乗り換えました。
「ずっとiPhoneだったから」と思って乗り換えに消極的だったんだけど
性能・コスパ共にかなり高いように思います。
ちなみにoppoというメーカのスマホを使っていて、
気に入っているところはsimカードを二枚入れることができるところです。
これ海外に行った時に便利なんですよ。

このスマホいいところばかりなのですが、
一点困ったことがありました。
それは、kindleの読み上げができないこところ。
アップルのiPhoneとipadには読み上げ機能があって
kindleのテキストを読み上げることができました。

だけどAndroidの読み上げはあるにはあるのだけど、
直感的な操作が全くできなかったのです。

そこで最近はipadで読み上げしていたのですが、
今日攻略法を発見しました。



それは、

Alexaアプリを入れることです。
Alexa(アレクサ)とはアマゾンのデバイスに搭載された音声アシスタントで
アップルのsiriみたいな機能ですね。

Alexaには専用のアプリがあってAndroidバージョンをダウンロード
するとkindleの読み上げ機能が初期設定として入っているではありませんか。

Alexaのアプリって全然知らなかったのですが、
kindleの読み上げ専門と考えたらとても優秀です。
アマゾンの音声アシスタントなのでkindleとの相性もいいと予想されます。

しばらく使用感を確かめてみようと思います。

不登校のススメ

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僕は小・中学校と不登校でした。
学校の何が嫌いだったかとういうと
自分で選べることが全く無いのが苦手でした。
「好きなことなら頑張れるのに、なぜ選択肢が1つも無いのだろう?」と思っていて
行く意味を感じていなかったし、
たまたまその学区にいた同じ年齢の人たちに馴染めませんでした。

高校は自分で選択ができたし、
何より漆と出会って工芸の授業を選択できたので
全寮制高校を楽しんでいました。
母校に関して書いた記事はこちら吉備高原学園高等学校のすすめ




はっきり言って小中学校時代の学力の遅れなんて
高校の勉強ですぐ取り戻せたし、
変に集団行動が得意になるより、学校行かずに家で絵を描いていたり、
ブロックで遊んで集中力を養っていた時間が今の僕の基礎になっているようにも思えます。

日本はこれから子供が不足するので
高校は全て定員割れになり、
不登校だったけど入れる高校は増えてゆくと思います。
それに労働力が不足するから立派な最終学歴がなくても働く機会はたくさん作れるはずです。

学ぶ機会や働く機会を作りやすくなるとして、
学校教育はどのような意味を持つのでしょうか。
僕は専門性のない学校だったら行く意味がなくなっていくと思います。

「四年間遊びたい」とか「自分の適性を探す四年」として大学進学を選ぶのって悪くはないけど
少しもったいない。

それよりは
スマートフォンを手に「かっこいい大人」を探して会いに行ったり
格安航空で海外に行きまくる方が面白いし、
採用面接の時に「この人面白いな」と思われやすいような気がします。
昔ながらの価値観を持った会社だと難しいかもしれないけど。


スタジオ運営をしてみて
色々な人と働いてきましたが、仕事に学歴は関係ないし
これから生きる力というのが急速に変わってゆくような気がします。

義務教育というのは親と社会が子供に教育機会を与える義務であって
子供が強制される義務ではありません。
選べるのだったら行かないという選択もアリだし
変化する日本で生きてゆくなら
偏った知識や能力の方が時代にあってゆくように思います。

「明日は今日よりいい日になる」

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「明日は今日よりいい日になる」予感を持っていますか。
考えてみたら
僕は学校が嫌いで行ってない時期が長いけど、
就学期間って、いつか終わりがあって。
学校が辛くても、
どこかで「この時期は終わる」とわかっていたし、
その先には「もっといい未来」があることに胸躍らせていた自分がいます。

でも、
大人になると、そういう希望が希薄になってしまうのかも。
毎日同じ今日を生きなければならない。そんな日々を生きていませんか。

今の日本社会全体で「明日は今日よりいい」と思える部分はどれだけあるでしょうか。
先行きは不透明だし、
ネガティブなニュースのオンパレードで、
正直、誰にも、何も期待できない気持ちでいっぱいです。
そもそも、社会に何かを求めるべきではなかったのかもしれない。


そう思った時に、今自分が行なっている仕事にどれだけ情熱を傾けられるかが、
人生を自分の元に手繰り寄せる鍵だと思いました。

だって、自分の時間の大半を使う仕事に、意義を持てたら最高ですよね。
仕事に限らず、自分の成長や身近な人の成長を感じられない環境にいたら
それこそ息が詰まってしまいます。


制作をしている限り、時間はかかっても
前進しているわけで、完成はする。
今回の作品に課題があっても、次の作品で解決するかもしれない。
僕にとって物作りは
「明日はもっといい日になる」毎日の鍵になってくれています。

ヤフオクに出品されているニセモノ漆芸作品の見分け方

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ヤフオクに関しては、僕も以前
自作でない作品が僕の名前で出品され→違反対応を行い→無事出品取り消し
という出来事があり、少々警戒気味です。
詳しくは過去記事

改めてヤフオクの漆芸作家作品を見ていると
絵画などに比べ少ないけどニセモノが出品されています。
漆芸作家だから解説できる注意ポイントをお知らせします。

◇ポイント1◇
まず作風が全く違う
「人間国宝 〇〇作! 秀作棗」
などで出品されている場合、例えば塗りの人間国宝なのに
なぜか蒔絵の作品が出ていることがあります。
1分間ネットで調べてもらえば、どの分野の人間国宝かわかります
分野外のものだとしたら95パーセントニセモノです。

◇ポイント2◇
銘がおかしい
ツイッターにもアップしましたが
銘がそもそもおかしいです。

上の画像は実際に出品されていた棗の裏側の銘の画像です。
よく見ていただくと、もともとあった金の銘の上から別物の銘が彫り込まれているのがわかります。

漆の作品の場合、銘を書くときの頻度として
1、漆で書く(落款、花押のみの場合もあり)
2、蒔絵で書く
3、銘を入れない
4、針描きする
上記の頻度です。
つまり、彫り込んだ銘を入れるのは、沈金や彫漆など、彫をメインにした漆芸作家が多く、
蒔絵や塗りの作家ではあまり見られない銘の書き方です。

◇ポイント3◇
箱書きがおかしい
ニセモノは箱書きがおかしいです。
誰かの筆致を真似て書いているので、矛盾が出てきます。

わかりやすい注意点は2点

1、そもそも墨汁で書いていない
筆ペンで書いた抑揚のない線で、サラサラとしたインク特有の色の薄さがあります。

2、落款が雑
ニセモノは一応落款が押してあることが多いですが、
消しゴムハンコ的なものや手で書いたものが多いです。

上画像を見てもらえばわかりますが、
落款が明らかにペンで描いた手描きですね。
ニセモノです。


以上のように漆芸技術以外にも違和感が多数あるものがヤフオクにはあふれています。
僕としてはセカンダリー市場(作品の二次販売経路)としてのヤフオクは現在適切ではないと思っています。

とは言っても
ヤフオクにもびっくりするような本物の名品が出ることもあるので、
今後日本におけるセカンダリーの市場が成熟発展して美術作品の評価を定められるようになってほしいと願っています。

箱書きや桐箱の様式はそこまで多くありません。

桐箱の様式を調べるならこの一冊で十分です。

また、有名漆芸作家の銘を調べるなら

「漆芸辞典」という本の巻末索引に載っています。


最後に
ヤフオクで本物か偽物かわからないものを落札するより
若手の新作をリサーチしてギャラリーや画廊で購入することをお勧めしたいです。
卒業してすぐの作家の作品は質に対して価格も抑えられています。

大家のニセモノを持つより、将来の大家の初期作をリサーチしてみてください。
美術が100倍楽しくなります。

ゴールデンウィーク

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僕は限りなく自由業に近ので、ゴールデンウィークに関してあまり関係なく過ごしております。
というわけでいつも通り工房に行っています。
工房自体はゴールデンウィークに入っているので、久しぶりに僕一人の仕事場です。

さて、
この貴重な一人仕事の時間を利用して作りたいものがありました。

工芸系の作品制作では、よく道具も自分で作ります。
僕もいろいろ作ってきたけど、
はっきり言って得意じゃないんですよね。
「早く漆の仕事に戻らなきゃ」と言う焦りもあって、
精度の低いものもたくさん作ってきました。

(たまにうまくいく時もあります!)

今回は時間がかかったけど材料選びから
じっくりと挑戦したタガネ用治具です。

見た目は悪いけど、実使用は問題ないものができました。


ゴールデンウィーク初日からの風邪も治ったので、後半はしっかり漆の仕事をしてゆこうと思います。
では令和初のブログでした。

みなさま良いゴールデンウィークをお過ごしください。

ブラック企業の作り方がわからない

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実は僕の作品制作は法人化して行なっています。
今期で5期目の株式会社です。

なぜ会社にしているかといえば、スタッフの待遇を良くしたいと思ったからです。
会社の設立というのは色々大変で、税金面や社会保障など学んだり
専門家の力を借りなければならない場面というのが多いです。
会社を運営するにあたっての、ルールはたくさんあり
そういうのを1つ1つ確認しながら進めていますが、
言われた通りにしていると、実にクリーンな会社が出来上がります。

ルールに従っているとあまりに融通がきかないから
正直、苦しい状況になることが多いです。
でも、それは社会とスタッフとの信頼関係のために厳守してるんですよ。
それが経営者の務めだと思っているから。
それに、嘘をついたり騙したりできない性格なので
ルールの中で最高の仕事ができるチーム作りを目指し、毎日努力しています。

そこで思うことが1つあります。
僕はブラック企業の作り方がわかりません。
ブラック企業って、自分やスタッフや社会に嘘をついているんですよね。
サービス残業ってどうやって強要できるのか
理不尽な独自ルールをどうやって作るのか。

それに、ブラック企業で働く気持ちがわかりません。
雇っている側と、雇われている側の認識に圧倒的な優劣みたいなのがあるのでしょうか。
「雇ってやっている」
「雇われている」
という間違った上下関係を僕は作ることはできません。
綺麗事ではなく、助け合ったり、お互いプラスになる関係性の中で
目的に向かうのが会社であり、組織だと思うのだけど、
一方が圧倒的に強い立場の状況で運営を続けることは不可能です。

厳しく聞こえるかもしれないけど、
「クビにされるかもしれない」
「次の働き口がない」
という不安があって、ブラック企業に勤めているのなら
実力が足りていないということです。
労働に対して利益が上回っているのなら会社もその人を手放せないし
待遇を良くしようと努めるはずです。

それでも待遇が悪いようであれば、やめればいいのです。
実力があれば間違いなく引く手数多です。


ルールを厳守し、嘘なく活動しようと思えば
ブラック企業を作ることは不可能でした。

逆に、ブラック企業が生まれるのは、そういう雰囲気を作っている
会社全体の責任なのかもしれません。
過度の依存関係がそれを許しているのです。

夢をもって働くことは良いことだけど
不利とわかっていても、何かに依存していたら
自分の心や体を消耗してしまいます。


ただし、経営者自身、スタートアップ時には必ず
長時間労働必用ですね。
会社はクリーンだけど、
個人としては超ブラックなのが制作のリアルです。

「芸大おじさん」「ギャラリーストーカー」迷惑なお客さん

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美術系の人をフォローしてると流れてくる
「芸大おじさん」と「ギャラリーストーカー」
名称を目にしたらすぐ思い当たる人も多いのではないでしょうか。

ギャラリーとか百貨店には
それぞれ有名なお客さんが居ます(悪い意味で)

特に、若い女性作家は嫌な思いをされているようです。
「芸大おじさん」と言うのは、別に芸大、美大を出たおじさんではなく、
個展やグループ展に来て女性作家を食事に誘ったり
二人きりで話そうとする人。変な美術マウントを取ってくる人ですね。
「ギャラリーストーカー」とは字のごとく。

ツイッターでは悪質な内容も散見できます。

僕は男なので、コワイ目にあったことはありませんが、
それでも展覧会の会場にいると「!?」と思うお客さんもいます。
どのような人かと言うと

その1
説教をしてくる。
そこまで強烈な説教をされたわけではありませんが、
「手軽な安いものを作りなさい」とか
ギャラリートークの後に「〇〇の説明もちゃんとしなくちゃダメでしょ」
とわざわざ肩を叩いて言われたりします。
知らない人にいきなり注意されるのは、びっくりします。

その2
自分の話ばかりする
自分の話を延々とし続ける人がいます。
ほとんどの場合美術の話では無いので、聞いていて辛いです。

その3
作家がいることを知らずに作品の悪口を言う。
二人組で来ている人に多いのですが、
「うわ、高い」とか
「こんなのすぐ作れそう」など。
別に傷つくことはないけど、「後ろに作者がいますよー」と言いたくなります。



上記の3例、共通していることがあって
まず美術を楽しみに来てくれていません。
美術ファンを自称しているのかもしれませんが、作品を見ていない場合がほとんどです。

画廊としても実害はなくても、上記の人が来たら、
「浅井さん電話がかかってきましたので奥へ」とその人から引き離してもらったことも数回あります。
ギャラリーや画廊は美術を楽しむ場所です。
作家もお客様と話す機会を楽しみに在廊しています。
だから人間同士のマナーはしっかり意識して欲しい場面があります。

このブログを読んでくれている人に「芸大おじさん」がいる可能性は低いです。
理由は漆や僕の考えを知ろうとしてくれているからです。

人を惹きつけて、自分の意見を言いたくなると言うのも美術の魔法の1つなので
ある程度は仕方ないのかもしれません。

そうは言っても「芸大おじさん」は全体の1パーセントもいない。
少ないだけに目立ちます。


ここまでは嫌な話をしてきましたが
作品の話とか感想を聞かせていただけるのは嬉しいのです。
会場でお会いした際にはぜひお聞かせください。

過去と未来

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未来がどうなっているかは誰もわからないことだけど、
自分がどのような未来を望むのか、
それなら自分のことだからわかります。
全て自分が思い描いたような未来が訪れることは無いけど、
そこに近づくための努力はできる。

最近、展覧会に出品していることもあり、
たくさんの方と話すことや
また、自分の活動の展望について考える機会が多くて
「未来をどうやったら作れるのか?」みたいな自問自答を繰り返しています。
そして、不安になりそうになる。

制作を続けるという事は新しい世界観の中に自分と作品を突入させるようなもので
新しいフィールドに飛び込んだ時の不安は耐え難いものがあります。
だけど、何かの拍子でそこを突破することができれば、
その不安は過去のものとなってゆきます。
それはもうあっとゆう間に。

結局のところ、僕たちは
過去と現在に縛られて、未来を割り出すことしかできません。
今が居心地がいいならば、
そこに留まっていたいし、
過去を見つめていた方が気が楽なこともあります。

一歩踏み出したら
違う世界が待っています。
痛みを伴う一歩でも、すぐ後ろで
過去の自分が支えてくれていて、
「もうここには戻ってこなくていいんだよ」と言ってくれます。

4月1日
新しい年度
新しい元号が発表されて、
新しい一歩を踏み出す人も多いと思います。

過去にとらわれない未来は明るいはず。