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未来のためにできることなんて、たった1つしかない。

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こんにちは、漆芸作家(シツゲイサッカ)の浅井康宏です。
今日は僕が先生達から教わった成功の方法を書こうと思います。


結論から言うと
成功のため、未来のために今の自分ができることは、
続けることのみだと思います。
「当たり前じゃ無いか!」
「続けるだけじゃ意味がない!」と言われそうですが、
何かを続けることって、単純ではありません。

継続して何かを行うっていうのは、
実は日々変化しながら、前進し続ける意味もあります。
例えば、何かを作っているとして、
同じものを何年も何十年もただ継続してゆくのは難しいのです。
物のクオリティを常にあげてゆく努力をしなければ
その業界、企業、個人への仕事は無くなります。

つまり、続けると言う言葉の中には
確実に変化と努力が含まれています。
長期的に活躍している企業や、個人というのは、
変化を繰り返しながら継続的な活動を行なっているはずです。

それに、単純に続けることって難しいです。
先にも述べたように変化を必要とするので、
周囲がどんどんと消えてゆきます。
なので単純に続けた者勝ちみたいな側面もあります。


僕が展覧会に出品しはじめたとき僕のお世話になっている
先生達全員に言われたことがあります。
出品しはじめたら絶対に休むな
半信半疑でしたが、あまりにも多くの先生達に言われたので
「きっと本当のことなのだろう」と思って、頑張って続けてきました。

僕の場合、制作と発表を半ば強制的に続けてきたのですが、
今になって、先生達がなぜあそこまで続けることを強要してきたのかわかる気がします。
昭和的な根性論も少しは含まれているんだけど、
そんな根性論が必要な時もあるのです。

苦しいことや悔しいこともたくさんあるけど
続けるということが前提であるだけで、
走り続けれるのです。

誰にも見られていなくても、小さな一歩で誰よりも長く走り続けられれば
その分だけ、遠くに行ける可能性が伸びます。
細かいことは走りながら考えて、その場その場で知識や技術を現地調達してゆくのです。
ただ続けるってことだけど、それは自分の力を最大化させてくれるたった1つの方法です。

やっと、先生達が僕に語りかけてくれたことの意味が少しずつわかるようになってきました。
こんな単純なことだけど、どうか
今まで思い描いてきたもの、明日から始めたいもの、
どんな小さなことでも、好きなこと続けてみてください。

海外で風邪をひく

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フィリピンへ来て2週間目先日から三日間ほど、風邪をひいてダウンしていました。
奥さんが荷造りの時「風邪薬入れとこうか?」と言ってくれていたのに、
「大丈夫、大丈夫」と断って、薬類は何も持たずに来たことをひたすら後悔していました。

海外で風邪をひくと、日本にいる時と違う不安感があります。
すぐに病院に行けない。
療養食が日本と違う。
病院へ行ったところで症状を伝える自信がない。

など、日本にいたら感じない不安があります。
今回は身近な友人に救われました。
風邪をひいたと聞いた友人が、薬と飲み物をたくさん買ってきてくれて、
本当に助かりました。

今のフィリピンは雨季のため、出かければいつ大雨にあうかわからなくて、
ただでさえ辛い中、出かけることができなかったんです。

とにかく、水分をとって、薬を飲んで寝ようということで、
金曜日から日曜にかけて、しっかりと休養をとりました。
今は割と体調が良いので、明日には復活できるかな。

今回の風邪で友人とAmazonプライムビデオにはずいぶんお世話になりました。
ありがとう。

物を通して心を伝える

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「漆器は高くないと売れなくなるな。」
そう思うきっかけがありました。

数ヶ月前に食洗機を買いました。
「食洗機ってしっかり洗えるのか?」少々疑っていたのですが、
使ってみて生活のストレスが1つ減るレベルで良い商品でした。
手洗いよりキレイに洗えます!まさに時短。
これは各家庭に必ずあったほうがいい家電です。
洗濯乾燥機と食洗機は忙しい時代に時間を提供してくれる必需品といえます。

さて、食洗機を使い始めたことで、
「あ、これは食器としての漆器を考え直さなければならない」と感じたのです。

食洗機に漆器を入れるのは抵抗があります。
食洗機は熱湯と熱風で洗い、乾かしてくれますが、
それが漆器にとって良くない気がします。(実際に試していません)
蒔絵とか、螺鈿が入っているともっと気がひけるので、手洗いします。
すると、漆器が気軽なものではなくなってしまいました。
食器洗いの自動化が起こると、漆器だけ個別に洗わなければならない。

つまり、手間がかかります。

物事が便利になると、前まであったものが急速に廃れてしまうのが常です。
漆器も機械洗いが普及すれば、より数を減らしてゆくのは容易に想像できます。

食洗機でも大丈夫な漆を作れば?という発想が生まれるかもしれません。
でも僕はそれはあまり良くないと思います。
食洗機でも使えるという食器の一般性能に追いつこうとするのは
つまり、ライバルを陶器やガラスやプラスチックに設定していることになります。
その戦い方が現状の漆器業界の苦戦の原因なので、
便利なことや安価なことを追求してはダメだったのです。

解決策は、
○顧客を絞る
○商品ラインナップを絞る
○無理のない価格設定をする
そして、一番大切な
○文化を作り、売る

まず、陶器やプラスチックと張り合って
どこにでもある大量の食器を作るという戦略はこれからもっと厳しくなります。
身近さや手軽さから離れるのは辛いですが、
もはや日常の器として漆器のポジションは無いです。

漆の食器がこれからも使われるとしたら、
それは大切な文化として食とよりそう事しかできないと思います。
つまり、丁寧な料理を丁寧な器に入れて楽しめる人にだけ伝える。
そして丁寧に扱ってもらう。

漆の食器は
便利ではありません。
だけど、丁寧で美しいものです。
それは日本の食文化に寄り添ってきた大切な心です。

僕たちは物を通して心を伝えたいのです。

酒器を作る

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実は僕、漆の作品を作っていますが、
食器類を作ることが少ないのです。
お椀とか、お皿は今までほとんど作ってこなかったし、
作っても身近な人に頼まれたものだったり、写真も残っていないものがほとんどです。

ただ、酒器は数種類作ってきました。
1点ものもあれば、15個くらいの数ものもあります。
酒器を作るのは好きで、アイデアはたくさんあります。
僕自身がお酒が好きなのも相まって「これにお酒を入れたら」と想像して
ニヤニヤしながら作っております。

だけど酒器は特に使ってほしいものだけに
価格を上げにくかったです。
1点制作の場合は、作品としての要素全開で、美術作品としての位置付けなので高価ですが、
使ってほしいシリーズは20万円以下に抑えて作りたい。
そうすると、利益が出ないばかりか、売れても赤字になる事態が発生してきました。

こだわって、クオリティを上げて赤字になるなんて、
経営者として最悪です。
なので、昨年あたり酒器卒業宣言をブログ内でふんわり行なった気がします。
(よく覚えてませんが)
でも、それを前言撤回して
個展に向けて新しいシリーズを10作品くらい作ってみようという気になってきました。

なぜそう思うようになったかというと、
今まで酒器を作って表現のきっかけを得ることが多かったのです。

例えば、

浅井康宏 蒔絵高坏 「光華」
浅井康宏 蒔絵高坏 「光華」

浅井康宏 蒔絵螺鈿高坏 「菊華」
浅井康宏 蒔絵螺鈿高坏 「菊華」

この2つの作品
蒔絵螺鈿高坏 「光華」「菊華」
は根付作家の万征さんとのコラボ作品で、
作品として極限のバランスを追求できたと思います。
現代における最高の仕事で美を追求することに一定の自信を得ました。

そして、

2017年の個展で最後に作っていた作品
この酒器は撮影時に完成していない状態でした、
それでも作品集に載せてます。
個展の追い込みの中、色彩表現のきっかけをつかめた作品の1つでした。

ここから

この棗のような色彩表現に繋がってゆきました。


次の個展に向けて作る酒器が僕にどのような表現のきっかけを与えてくれるか、
それは、まだわかりませんが、小さな作品の中に今持っている技術と現代性をそそぎこみます。
そのさきにきっと見えてくるものがあるでしょう。

残念なのが、その作品を僕は使えないことです。
作り手は1番長くその作品を触れているけど、使い手にはなりません。
その寂しさを、他の作家さんの作品を買って癒します。

制作が動き始めたらアップしてゆきます!!

工房体制、体育会系からの離脱

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工房体制で制作を続けようと思った時、
美術系でも、熱狂やスピード感が必要だと思っていました。
イメージとして体育会系のノリです。

というのも、僕の仕事は締め切りの連発で
定時きっちりで活動するというより
締め切り前のスパートをかける日々、そしてそれを乗り切るための体力は
体育会系のノリがあっていると思っていたし、
自分もそのような意識で制作を続けていました。

つまり、チームスポーツのような統制のとれた組織
自分を追い込む気合いと熱狂。
昭和っぽい体育会系ですよね。

働く時間と給与体系は完全にホワイト企業を目指していたけど、
制作に向かう姿勢は体育会系を求めるというアンバランスな状態でした。


でもそれではうまくいかないことがたくさんありました。
別に現代特有の問題というわけではなく、
試行錯誤した結果「気合より習慣が勝る」と感じたからです。
僕は過去、過労によってウツ病になったことがあるので、
自分を含めたチーム全体を
「健康であり、成果を最大限にするためにはどうするか」というのが重要な課題でした。

結果からいうと
チームは定時に仕事を終わるようにして
作品の制作以外での人間関係をできるだけ平坦にしたいと思っています。
チームが大きくなるとまた改良が必要な部分は出てくるだろうけど、
いわゆる弟子制度みたいなのの真逆を歩もうと思っています。

当然、そこにはお互いの尊重と尊敬が必要で
今のところうまくいっています。
自分の制作のクオリティと業界の将来を考えたときに
クリーンな工房体制が技と文化をつなぐたった1つの可能性だと感じます。

漆の苗作り

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実家に戻って漆の苗木を作ってきました。
漆の苗は種から作る方法と根から作る方法があります。
我が家の漆は種ができないので、根から増やします。

他にも、ひこばえ(親の木から伸びた根から生えてくる若木)を移植して増やしたりしています。
実家には3箇所に分かれて約200本の漆が植えられていますが、
全てが順調というわけではありません。

全国から取り寄せた苗木を増やして植林をスタートしましたが、
うちの場合、新潟の木が最も成長が早く、他の産地の木は10年以上の樹齢になっていますが、採取できるサイズに成長していません。
また、立ち枯れの問題もあり、コンスタントに採取→伐採→植樹というサイクルを作れていません。

今後は成長の良い新潟の木を増やしつつ他の木の成長を見てゆくつもりです。
埼玉から京都に移住したので、漆の木の世話する機会も増えました。
今後もしっかりと良質な漆の生産を作品制作に繋げて行きます!

プロ意識

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フリーランスでも企業に所属している人でも、
出世する人は支払う対価に対してサービスが優っている人。
つまり、提供できる価値が常に高い状態を作り出せる人です。

僕も一応プロとして活動しているから、
仕事の質と意識に常に気を配っています。
そして、あまり便利ではないのですが、
他人のプロ意識も丸わかりになります。

他の作家の作品のそれを理解するならいいんだけど、
日常のサービスにも敏感になってしまいます。
例えば、料理屋のサービスとか、
エンターテーメントの質とか、
気になってしまうことがあります。

別に口にはしないけど
「こうしたほうがいいんじゃない?」ということは多いです。
逆に「すごいサービスだ嬉しい!」と思うこともあります。
その仕事に夢中になって、熱心に取り組む人は魅力的です。

人生の中で仕事している時間は長い。だから
今自分のやっていることを極めようとするのは理想的なのだと思います。
だけど、それって簡単なことではないですよね。
まず、
●好きが仕事になるのか
●仕事が好きになるのか
実際のところわかりません。

僕の場合、漆芸作家という職業が経済的に成り立つモデルがないところから始めたので、
純粋に好きを突き詰めていって、力づくで仕事にしました。
だから、好きが仕事になったと言えます。

好きなことしかしていないのだからそこを突き詰めるのは当たり前ですが、
職業選択の際に、大まかにでも自分の適性と照らし合わせて
「この仕事をしよう」と選んだのなら、一定のレベルを目指すのをお勧めします。

というのも、ある分野で一定の水準まで自分を高めることができた経験って消えないんです。
例えば、僕が漆芸家でなくなっても、他の分野で一定のレベルに到達する自信があります。
これは成功体験から生まれる自信かもしれないし、
一度通過したプロセスを他の分野で適用できるからかもしれません。
活動に器用になっていると思います。

とりあえず、プロのレベルに達している人は側から見てわかるし、
他の分野においても、経験が活かせると思います。
何より、社会の活力になると思います。

合わない仕事や、辛い職場ならさっさと辞めたほうがいいけど、
常に高いレベルの仕事をしようとする姿勢は大切。

作家とは何か

美大とか芸大の現役学生や卒業生の多くは
気持ちの差こそあれ、作家というものが気になっているはず。

僕は制作活動で生活をしていて
多分自分のことを「作家」と言っても間違えはないです。
で、この作家という職業の実態はどのようなものか
実はとても地味で地に足をつけた活動なのです。
わかりやすく例えるなら「社長」です。
スティーブ・ジョブズとかジェフベゾスみたいなカリスマ性のある社長業ではなく
個人的な事業の小さな、小さな「社長」です。

この社長業にはたくさんの、本当にたくさんのこまごまとした仕事があります。
営業や会計、仕入れ、納品。。。。
数えればきりがない社会と自社を繋げる為の仕事を大方一人でこなします。
でも、このようなクリエイティブではない仕事をこなしてでも作りたい強烈な動機
「自らのエゴを表現して、世界と繋がりたい」という言葉にしにくい気持ちに突き動かされています。

つまり、「作家業」とは「社長業」に似ていて
「作品・表現」は「商品・サービス」です。
今、僕が高校生の時に描いていた「作家」とは少し違う自分がいます。
早い段階で作家は社会との繋がりが重要であると気がついたので
そこから過去の作家の作品以外の側面を考えるようになりました。

世の中にはたくさんの会社があるように
作家としてのスタンスも多様です。
学校教育は一様ですが、そこを出ると無限の可能性
いや、広大な説明書のないリアルな人生が待っています。

今の僕に学校教育をはじめ、教育と美術における具体的な提案はありませんが
「作家」しか生まない教育なら、それは間違っています。
上記のように、作家はいわゆる社長業です。
社会に社長があふれていないように、世の中には社長気質とそうでない人がいます。
例えば、漆の業界でいうと
チームを指揮して数を作るプロデューサータイプの人がいれば
その素材に魅了されて、作業だけしたい人もいます。

それぞれの気質に合った働き方や、
素材との向き合い方があります。
全てのニーズに適した教育なんて存在しませんが、
弟子制度が崩壊している現在において、選べる進路が狭くなってきているように感じるのです。

役割分担を明確にし、作品のパフォーマンスを最大化にすることこそ漆の未来だと信じています。

さっさと動く

ネットが社会に浸透してから
僕たちは空前のスピード化社会の渦に巻き込まれています。
そう、まだアイフォンが誕生してから10年くらいしかたたないのに
世界中どこでもスマートフォンは普及しています。
マレーシアではドライバーとお客がアプリで繋がり、
お互いストレスなくサービスが進行してゆきます。
Uberというサービスが世界的にメジャーですが
マレーシアはGrabという配車アプリが認可されています。

このアプリ、配車からナビゲーション、 ETCの計算まで優れているのです。
UberとかGrabが日本で普及してしまえばタクシー業界は瞬く間に縮小します。

このような新しいサービスの開発や上陸を食い止めているのは
大きな組織や、特定の企業でしょう。
古くて大きな体制は、例外なくスピード感にかけていて
新しいものを排除しようとします。

別にいいんです。
日本で暮らしているぶんには
ただ、一歩でも外を見てみると、現状維持が難しいのはわかります。
携帯電話が普及すれば、公衆電話は必要ないし
メールが普及したらFAXの存在価値は薄まります。デジカメが普及したらフィルムは生産終了となります。
このように新しい物の普及と同時に
今後はサービス自体の革新がネットを通じて普及してゆきます。
先ほど述べた、配車アプリのようにサービス自体がコンパクトに人と人をつないでゆきます。

この動きは、今までクリエイティブだったはずの領域にまで踏み込んで来ます。
デザインとかウェブ制作もクラウドで簡単に人と人が繋がり
価格競争になっています。

僕の仕事は極めてアナログですが、
活動方針自体は、スピード感を大切にしています。
走りながら考えて
飛び込んでから後悔する

馬鹿げて聞こえるかもしれませんが、
これが僕の勝算なんです。

つまり、成功も失敗もたくさんすることで
データが充実して、アナログな仕事しているからこそ精度が高められます。
実際に膨大な量のボツ案があり、そして完成しなかった作品も眠っています。
それに展覧会から帰って来た作品を何度も研ぎ落として新しい図案に修正して来ました。
時間とお金がかかったけど、休まず続けて来たことで
精度の高い作品を作ることができるようになりました。

でも、まだまだスピードが全然たりません。
はやく沢山作るというのではなくて、一秒でも早く、蒔絵の本質に近づいてできるだけ遠くに行きたいのです。

過去と現在における物と事に差が出てくるならば、必ず情報量とスピードが間に存在するはずです。
蒔絵はアナログな仕事だけど、それでもさっさと動き続ける事が自分の仕事のやり方です。

京都漆芸研究所「labo.kyoto(仮)」を立ち上げます

京都に来て1年と少しになります。
工房として「Studio Zipangu」を立ち上げましたが、
今秋、作業スペースを増やして「京都漆芸研究所 labo.kyoto(仮)」を立ち上げようかと思います。
ここで何をしようとしているかというと。

大学や専門学校を卒業した人限定の研究機関を作ろうと思います。
僕は以前から、「教育機関で生まれた人材を育てる場所がない」と思っていました。
以前なら弟子入りみたいな形で、実践的に人は育っていたのだけど、それが現在では難しい。
少しなら弟子入りっていう話を聞くけど、実態はかなりブラックだったりして、「これでは人は育たない」と思っていたのです。

実際にどのような取り組みを行うかというと
1、高度な漆芸技術の研修
2、工房の課題を制作指導する
3、そこで作られた成果物を適正な価格で買い上げる
4、その他、自己制作の技術的アドバイスを行い作家としてのデビューを支援する

期間や条件など細かなことはこれから詰めて行きますが、
とりあえず年内には増築を完了させて、仕組みを作って行きたいと思います。
来年の新卒さんなど進路の一つに考えてもらえると嬉しいです。

少しでも興味ある方はメールください。

yasu69689@hotmail.com