カテゴリー別アーカイブ: 漆に生きる日々 京都編

工房体制、体育会系からの離脱

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工房体制で制作を続けようと思った時、
美術系でも、熱狂やスピード感が必要だと思っていました。
イメージとして体育会系のノリです。

というのも、僕の仕事は締め切りの連発で
定時きっちりで活動するというより
締め切り前のスパートをかける日々、そしてそれを乗り切るための体力は
体育会系のノリがあっていると思っていたし、
自分もそのような意識で制作を続けていました。

つまり、チームスポーツのような統制のとれた組織
自分を追い込む気合いと熱狂。
昭和っぽい体育会系ですよね。

働く時間と給与体系は完全にホワイト企業を目指していたけど、
制作に向かう姿勢は体育会系を求めるというアンバランスな状態でした。


でもそれではうまくいかないことがたくさんありました。
別に現代特有の問題というわけではなく、
試行錯誤した結果「気合より習慣が勝る」と感じたからです。
僕は過去、過労によってウツ病になったことがあるので、
自分を含めたチーム全体を
「健康であり、成果を最大限にするためにはどうするか」というのが重要な課題でした。

結果からいうと
チームは定時に仕事を終わるようにして
作品の制作以外での人間関係をできるだけ平坦にしたいと思っています。
チームが大きくなるとまた改良が必要な部分は出てくるだろうけど、
いわゆる弟子制度みたいなのの真逆を歩もうと思っています。

当然、そこにはお互いの尊重と尊敬が必要で
今のところうまくいっています。
自分の制作のクオリティと業界の将来を考えたときに
クリーンな工房体制が技と文化をつなぐたった1つの可能性だと感じます。

英語チャレンジの1週間

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先日インド人の女の子から「あなたに英語を教えます!」という心強い協力をいただき
ここ1週間くらいチャットで英語を教えてもらっています。
インドで英語?と思うかもしれないけど、
アジア圏でも色々な民族がいて、国内で言語が多様な場合
英語を公用語にしている場合が多く、
昨年出張で行ったマレーシアなんかも、皆さん英語を話していました。

実は僕、19歳の時に一ヶ月間夏休みを使ってニュージーランドへ語学留学した経験があります。
英語を学ぶことに関して、その重要性を感じていたんだけど、
英語の勉強が楽しくなくて、放置気味でした。

ここに来て海外への仕事や問い合わせもあり
「それなら頑張りたい」と思っていた矢先
協力してくれる人が現れたわけです。

さて、何度も挫折してきた英語だけど、今回は様子が違います。
なんだか楽しいのです。

なぜそう思えるのか考えてみると
○僕のことを知っている人と
○特化した授業を行ってくれる
以上のことが理由です。

まず、知り合ったきっかけがフェイスブックのアーティストページだったので
彼女が僕のことを知ってくれています。
そして、作品に対して高い評価をしてくれており、
協力をしてくれています。
その前提があるだけでもとてもありがたいのです。
普通英語の授業ってパーソナリティ関係なく授業が進むので
楽しくないんですよ。

お互い作品で出会えた縁だから
僕も「こう伝えたい」という思いも強いです。
だから今まで勉強してきたことをできるだけ使って伝えたいと思うし
相手を知りたいとも思います。

「漆に生きる日々ー英語チャレンジ」も定期的にアップしてゆきます。

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将来の夢はありますか?
夢って、子供の頃に言う分にはいいけど、
大人になると、言う機会が少なくなりますね。

でも、夢を持つことは大人になってからの方が大切なのではないでしょうか。
社会性が少し備わって、自分と世界の距離感とか役目がわかってきたからこそ、
世の中をよりよくできる夢を持つことができますよね。

僕には夢があります。
まず、「世界的な漆ブームを巻き起こす」こと。
これからも漆と蒔絵を発信し続けます。
現状で漆の評価を上げる伸びシロは多いと思っていて、
過去に南蛮漆器と明治工芸で世界に漆芸ブームが起こったように
3度目の波を作れると思っています。

あとは作品価格を1作品1億円規模にしたいです。
僕の一生のうちで、漆芸の評価をどこまで上げることができるのか、
挑戦できる限り続けてゆきます。
お金はそれ自体が目的ではなく、
市場の活性化のために必要なものです。
美術は資本主義の尺図だと考えているので、
その中で漆芸作品の立ち位置を確立したいです。

最後に、漆芸を愛する人の中で生きていたい。
僕が漆芸によって人生の多くを得たように、
僕も誰かにそれを渡したいのです。
今は、作り手を育てることが一番良いことだと思っていて、
作り手が安心して制作ができる環境があれば、
そこからより良い作品が生まれ、
その作品が市場を作ることにより、
良好な循環が生まれるのです。

作り手、漆芸を支える道具を作る職人ともに苦しい時代だけど、
いつまでもそのような状況ではないと思います。
明確なイメージを持って、そこに向かえば夢は叶えてゆきます。

プロになる瞬間

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専門分野においてプロになるとはどのようなことでしょうか。
僕は学校を出て、室瀬和美先生の元へ修行に行き
「その過程でプロになるのだろう」
という、どこか他力でプロへ移行してゆくように考えていました。

というのも、プロの現場で活動することで
自分にもその緊張感が宿り、気づいたらプロ意識が芽生えると考えていたからです。
だけど、それは微妙に違いました。
実は先生の元で仕事をしている分には、環境の影響もあり
ぐんぐん感覚が伸びて、失敗を繰り返しながらもプロの仕事ができていました。

だけど、独立すると
自分の仕事のペースがうまく作れませんでした。
単純に蒔絵の時間配分をつかむための準備期間が必要だったし、
一人でプロレベルで仕事するのに色々時間がかかってしまいました。

僕がプロになったきっかけは意外な出来事でした。


僕は20代の後半に親戚のおじさんに家紋の蒔絵を頼まれていました。
家紋のパネルができて額装して実家に送り
おじさんにはお礼の手紙をしたためて
母に「この手紙と一緒に渡してください」と伝言しました。

その手紙を読んだ母から電話が(読むのもどうかと思うけどw)
「あの手紙はお母さんが捨てました」
「あなたはプロなのだから、いらない謙遜する必要はないでしょう」
内容はご想像の通り


この度はありがとうございます。
中略
まだまだ未熟な部分はあるかと思いますが、
中略
ご指導をお願いします。


まあ、日本的な謙遜が含まれた内容です。
なんとなく、形式的にへりくだらなければならない気がしたのです。
贈り物には
「つまらないものですが」
受け取る側は
「お気遣いなく」
でも、実際そんなことは必要なくて
最高のものには
「最高のものができました」
受け取るときには
「ありがとう!」
というのが一番気持ち良かったりします。

母が僕の手紙を捨ててくれてから
形式的な手紙を書かなくなりました。
プロになったというきっかけは色々あったけど、
プロとしての生き方の指針となった出来事でした。

30代になっても親のすねをかじり続けた日々のこと。

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恥ずかしくてなかなか言えなかったことですが、
最近気持ちに変化が生まれて、間違っていなかったと思えること。

僕は32歳くらいまで親のすねをかじりながら制作を続けていました。
それはもう、恥ずかしい日々で外では毅然と振舞って、
家に帰ると震えながら作るような日々です。
33歳くらいから何とか制作で生活が細々とつないで行けるようになり、
個展に向かうことができました。
ただ、個展制作でお金が足りなくなると助けてもらいながら作っていたのが内情です。

うちの父親がNTTで定年まで勤めて応援し続けてくれたこと、祖父母の協力が得られたことで
僕の作家活動は続けることができました。
先にも書いた通り、金銭面では20代ボロボロでしたので
祖父母が作るお米と野菜を送ってもらうことで生活費を極限まで抑えていました。

就職を考えなかったわけではなく
過去記事にも書いた通り就職もできなくて (過去記事はこちら
「ああ、もう美術で生きてゆきたい」という悲しみと、開き直りの毎日でした。

その時、付き合っていた人に服を買ってもらったり
飲み屋に行って色々な人に奢ってもらい
料理屋の女将さんに残り物を食べさせてもらっていました。
毎年年末に実家に帰ると母親とユニクロに行き下着を買ってもらう30代男性。。ああ、なんたることでしょうか。

で、今そんなことを書こうと思えるのは、
そのような決断や恥ずかしい日々が今から見るとそこまで間違っていなかったように思えるからです。

まず、そんな日々でも毎日朝から作業をしていました。
その結果、技術力が上がり、多くの新しい技法への挑戦ができました。
就職して漆以外の仕事をしていたら、今の技術の20パーセントにも達していなかったでしょう。

それにお金を得ることはできなかったけど、
ひょっとしたら、周りの人から少しだけ信用を得ていたのかもしれない。
今は社会との接点を作ることができて、少しずつ貢献できるようになりましたが、
その時代に信用してくれていた周りの人たちの心の広さに、感謝しきりです。

だから、信じられる未来があるなのら
常識的な道から外れても、恥ずかしい毎日を送っても
愚直にそれを追い求めてもいいのかもしれないと今では思うし、
僕より若い人にもそう言えるかもしれません。

十分に恩返しができるだろうし、何より楽しみが多い人生に間違いはないように思います。

売れ続ける作家の条件

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「売れ続ける作家の条件って何かありますか?」
百貨店の美術画廊担当者にそういう質問をしてみました。
「そうですね、1つあげるとしたら、変わり続けることですね」


美術の世界で長く生き続けるのはなかなか難しく、
間違いなく10年後には市場の景色は大きく変わっています。
新しい作家が生まれ、ある時期売れていた作家が消えているなんてのはよくあることです。

でも、その中でも活躍し続ける作家もいる。
消えてゆく人、生き残る人の違いは何なのか。
売り手の意見を聞いてみたくなったのです。

「変わり続けること」の後にこう続きました。
「作家特有の印象は残しつつ、以前の個展とはやはり違うと思わせてくれる作家は売れ続けますね」
つまり、全体を通してその人らしさがあり、なおかつ前回と違う挑戦があるということ。
それがないと、「お客様からしても、これも持ってるし、これも持ってる。じゃあ、一番小さいこれをいただきます」
というように、コレクションの幅を持たせられなくなるという。

最近は40代を見据えた作家活動を意識していて、
長期的に成長し続けられる作家として、どのように活動するか考えています。
「作品の印象を大切にしながら変わり続ける」というのはまさに大切にしていることです。
例えば、村上春樹さんの小説は、毎回のように世界観が変化しているのに、
不思議と読後感は「村上春樹を読んだ」という充実感があります。
音楽でも息の長いバンドにはそのような感覚があったりします。

美術作家にもやはり、そういうものが必要で、
ドキドキするような切れ味を毎回更新する必要があります。

それと、作家活動を新人時代、中堅、円熟期
という感じに20年スパンで区切るなら、それぞれに移行期があります。
若手新人時代は応援したいと思ってくれるコレクターさんと一緒に成長することができますが、
中堅作家や円熟期の作家に応援というのは少し違ってきます。
ある部分で、権威や知名度が作品流通の重要な基準になります。
人間国宝に「頑張ってね!応援してるからこの作品かうよ!」とはなりませんからね。

僕はこれから若手から中堅へと移行してゆきます。
そのために色々な挑戦をしてゆこうと思っていて、
その1つは海外へのアプローチです。
漆芸はまだ評価を上げる要素をたくさん秘めていると思っていて、
それを最大化させるための活動を行ってゆきます。

世界に向けた活動の中にも
浅井康宏らしさを構築できて、常に変化と前進を両立できる美意識を育てるのは可能だと思っています。

ここにとどまって安定した作品を作るのは心地いいし、
安心感があるけど、そういう制作活動に明日はないのです。
全然売れなかった時期が長いから、現状を当たり前だと思わないし、
何度でも立ち上がる気持ちがあるので、
もっともっと遠くに行きたくてたまらないんですよね。

未来に向かって小さく始めて大きく育てる

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経験も人脈もお金もない状態で何かに挑戦して、成功するためのコツがあるとしたら
小さく、スピード感を持って動くことです。
これはいろんな伝記を読んでいて気づいたことです。
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ナイキ創業者 フィル・ナイト

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クラフトビール、ブリュードックのジェームズ・ワット)

どのような業界でも、大手に立ち向かうのはかなり難しい。
資金力とか、人脈やノウハウが蓄積されている強敵に無課金状態で立ち向かうようなものです。
だから同じことをせずに、アイデアと時間を味方につけて、
未来に向かって小さくそして、スピーディに活動することを、僕の作家活動の指針にしてきました。

テコの原理のように
小さな力で大きなものを動かすようなイメージです。
僕が行ってきてよかったと思うことを2つ紹介します。

○まず1つ目はブログです。
ブログにお金はほとんどかかりません。サーバー代が年間で数千円かかるだけ。
アメブロやライブドアブログなど、外部サービスを利用すれば無料です。

具体的に良かったと思えることは、
芸術領域としての認知が低い漆芸に関して十分に発信できるメディアを作れたことです。
もちろん作品発表に勝る表現はありませんが、
生身の人間として、どのように作品が作られ、現代をどう捉えながら未来を作ってゆこうとしているのか、
言葉にしたいこともたくさんありました。
それを更新しています。


○紙媒体を作る
前回の個展「ー光をめぐるー」という展覧会で
僕は図録を制作しました、無名の新人の初個展のようなもので。
百貨店が図録を作ってくれるわけもないです。
だから自分で出版社を立ち上げて全てを自分たちで作り上げました。
出版社を立ち上げるまではしなくて良いと思いますが、紙媒体は美術と相性が良いので、できるだけこだわって良いポイントだと思います。

小さな力でスピーディに、かつクオリティの高いものを作るポイントは
○写真の質
○信頼できる友人と一緒に
○クラウドソーシングを使う
○技術力の高い印刷会社を探す

上記の4点です。
まず、写真に関しては、10年以上撮影をお願いしていた
アローアートワークスの中嶋さんに作品が完成したらその都度撮影をお願いし、
作業撮影は星野裕也さんにお願いして、満足のいく画像を揃えることができました。

画像を元に紙媒体に編集するのは友人に協力してもらって
ともに作り上げてゆきました。

クラウドソーシング(ウェブ経由で仕事を依頼する仕組み)で校正を依頼し
印刷会社にデータを納品して図録を完成させました。

このように最小限の力で納得ができる図録を作り上げることができたと思っています。
ノウハウがないから、一から勉強することは多いし、失敗の可能性もあったけど、小さく始めても良い結果が得られる体験でした。


毎日の小さな活動も
色々な方向から眺めて、常に前進を続けたら未来をより明るくできるはずです。

クリエイティブな隙間を作る

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新しい発想を生み出そうとする時に必要なことが2つあります。

○十分なインプット
○クリエイティブな隙間

この2点は実感として作品を作る絶対条件です。

今回はクリエイティブな隙間について書こうと思います。
というのも、今年になってから強く隙間の重要性を感じたからです。
昨年末からグループ展出品作品の追い込みが続き、数ヶ月間休みなしの日々が続いていました。

別にそれは良いのです。
「作業を続けて頑張ってる俺」がいて
そこそこ充実感もある。毎日ジムに行ってるから体も調子を崩すことがない。
でも、問題が1つありました。
新しい図案が全くできなかったのです。
実のところ、僕の作品の作業は、手先が器用で集中力がある人が10人いたらその中のもっとも優秀な人はこなせます。
だけど、僕の作品のデザインを考えられる人間は僕以外にいません。
手の中にある技も大切だけど、それを生かす発想、デザインが生命線なのだけど、
そこに頭が回らな日々が続きました。

僕の中で何が起こっていたかというと
まず、本が読めなくなっていました。
活字から得られる情報のイメージから作品を発想することもできるし
図録を見ることから気づきを得られるけど、それをすることができなかった。

そして、余暇(隙間)を全く作ることができませんでした。
だから、指先に集中しているけど、実はそれは新しい発想に直結していませんでした。
(作業から何かヒラメキを得ることもあるけど、極端に追い込まれた状況ではそれも難しいことを実感しました。)

新しい発想において
○十分なインプット
○クリエイティブな隙間
は必須条件だけど、実は2つとも意図的に得られることです。
ただ、両方とも意図的に時間を作らなければならないのも事実です。
効果が短期的に得られるものではないだけにおろそかになりやすいけど
大切なことでした。

最近通常通りの制作に戻り
インプットと隙間を作ることができて、
アイデアを常時生み出すペースが戻ってきました。

オークションに浅井康宏の作品が!

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オークションに「蔵出漆芸作家 浅井康宏作品 輪島塗螺鈿象嵌蒔絵『山桜』四方卓」が!!
でも、これ僕の作品ではありません。
このブログを書いている時点で、違反申告をして、出品は取り消されています。
リンクが生きていたら下のURLでヤフオクに飛びます。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/g337785602

画像の中で銘が載っていますが
宏という字が見えます。
あとは宏という印。
作品も僕のものではありませんし、
銘の書き方と印も違います。

ちなみに
作品の桐箱の蓋裏に銘を書きますが、最近は制作年を書くようにしています。
あと下の名前だけだと間違えが起こりやすいので、数年前から浅井康宏作と縦書きしています。
展覧会出品作であれば、出品した展覧会も書いています。


今回の出来事ですが、このようなことが起こった場合でも、できるだけ早く対応できるように
以前からオークションのアラート機能に「浅井康宏」と登録していました。
万が一自作が出品されたり、贋作が出た時に素早く対応できるようにしていました。

おかげさまで、出品はすぐに取り消されて
間違って誰かの元に作品が収まることはありませんでした。
今後もこのようなことが起こった時には早く気づいて
対応をとってゆきたいと思います。

何か情報がございましたらご連絡いただけましたら幸いです。

1つのことをやり終えた後の気持ちの入れ替え方法

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1つのことをやり終えた後に、無気力にってしまうことありませんか。
僕はあります。それも数ヶ月元に戻れないくらい、ペースをつかめない廃人と化してしまいます。
記憶が鮮明なのは、学生時代の卒業制作。
それに年に一度の伝統工芸展の出品作を作り終えた後の虚無感ときたら。。

ただ、今はすぐに切り替えることができます。
最近だと、「美の予感」展に全力を傾けていたので、
廃人となってもおかしくなかったのだけど、
京都に帰った次の日から普通に作業をしていました。

なぜ気持ちを入れ替えることができるようになったかと言えば、
それは、規則正しい生活のおかげです。
ブログで度々書いているように、僕は朝方人間です。
作家の生活は夜型をイメージされますが、
僕の場合、20代の頃から朝方を意識していました。

というのも、やっぱり作業していると夜型になりやすいんです。
夜遅くまで仕事してしまうし、そうすると次の日の朝が辛いから
ジワリと時間軸が夜に移ってゆきます。
それも悪いことではないと思うんだけど、
漆の場合、作業のピークを作らないことが作品のポイントになります。
つまり、熱中してどっぷり作業することより、淡々と毎日長時間仕事する必要があって
そのために心も体も淡々と毎日を送り続けるのが、
長期的に作業量を最大化させることができると気がつきました。

なので、僕はよっぽどのことがない限り
作業の開始時間を固定しています。終了時間は変わるけど、
明日始める時間は固定。

これには、精神的にも良い点があって
この記事のテーマである気持ちの入れ替えにも良いのです。
やる気スイッチを探したり押したりする必要がない
と例えると良いのか、とにかく「ああ、今日は仕事したくないなー」と思うことなく
仕事机について手を動かし始めてしまいます。

これはもう何年も行ってきた習慣となっているので
テンションとかやる気と関係ないんです。
自分を律するとかそんなことではなく、単なる習慣だし
仕事が好きなのも手伝って、作業量は最大化されていると思います。

ちなみに習慣化するための細かなルーティンもいくつかあります。
イチロー選手が打席に入る時、いつも同じ行動をとるように、
僕も仕事場に行くと、まず、神棚に水をお供えして
その後ポットでお茶を沸かして作業を開始します。

習慣化と小さなルーティンおすすめです。