カテゴリー別アーカイブ: 漆に生きる日々

自分の仕事価格を勝手に安く見積もってしまう人へ

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こんにちは、漆芸作家の浅井康宏です。
今日はフリーランスあるあるだと思うのですが、
自分の仕事価格を安く付けてしまう人の気持ちと、僕の考える対策を書こうと思います。


プロローグ
フリーランスで仕事していると、
仕事の価格を決めるという重要な業務がのしかかってきます。
時給や月給計算ではない難しさがあります。

僕の場合。
活動初期はとにかく自信が持てなくて、
出来るだけ安い価格でいい仕事をしようと思って見積もりを作っていました。
ちなみに20代の頃は親戚に頼まれた家紋の蒔絵や
おわん制作などをしていました。

問題の作業料ですが今から考えると、
とてつもなく安い価格で作業していました。
おそらく材料費を引くと時給計算すると1時間で200円〜500円くらいだったと思います。


なぜ安く見積もっていたのか
実は、自分の仕事を売る時
「相手のお金を奪ってしまう」という心理が働いていました。
直接相手が見えるだけに、「お金をもらってしまって申し訳ありません」という気持ちがあったんです。

普通に考えたら、「仕事をしてお金もらうのだから申し訳ないなんて思わなくてもいいのでは?」と思われるかもしれませんが、
当時の僕はお金との付き合いがとても下手でした。
根本的に自分が生み出した価値にお金という対価を結びつけるのが苦手だったのです。


転換期
僕が仕事をする上で、作品価格について冷静に向き合えるようになった出来事が2つあります。

1、人間国宝 奥山峰石先生に仕事を頼まれる
以前のブログ(https://asai-urushi.com/blog/仕事の値段を決める方法を教えてもらった話/)でも書きましたが、
先生は僕の制作活動を支えてくれるため、時折ご自身の作品の蓋の制作、グループ展での作品購入など、公私共支えてくださいました。
そして、いつも「次も引き受けても良いと思える価格を付けてください」と言って、僕が伝えた請求金額より多く支払って励ましてくれました。

ときに厳しく「ちゃんと仕事になる価格を付けてください」と言われたことが、
職人として、作家として生きてきた先生の実践的な教えでした。


2、最高の消費者を目指す
これは明日からでもできることなので、自分の仕事の値段を決めるのに自信がない人はぜひ、自分の業界の中の最高の消費者になってみてください。
僕の場合は美術業界なので、好きな作家の作品を積極的に買っています。
「なんで消費者になると、価格をつけるのに罪悪感がなくなるの?」と思われるかもしれませんが、
好きな業界の好きなものを買うと、
心から「こんな素晴らしいものを作ってくれてありがとう!」と思えるのです。
そして今まで囚われていたお金という得体のしれないものが
価値の交換ができる素晴らしいものへと変化しました。

消費者になってみて、今まで買ってくれた人が
「ありがとう」と言ってくれた言葉の意味がわかったのです。


お金との付き合い方や、
罪悪感のような感情。
フリーランスになると色々な悩みが生まれると思うけど、
自分が作るものが多くの人に喜んでもらえて、
そして自分の活動も加速させるために一歩ずつ階段を登る方法は必ずあります。

97%中国産頼りの日本の漆業界について

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こんにちは漆芸作家(シツゲイサッカ)の浅井康宏です。
今日は先日多くの方にご意見いただいた日本産漆について書きます。


プロローグ
現状日本の漆使用量の97パーセントは中国産頼りです。
しかし、数年前までは98パーセント中国に頼っていたというデータだったので、
1パーセントでも回復したことになります。

ツイッター上で多く寄せられた疑問は2つ
○品質はどう違うの?
○価格はどれくらい違うの?


1,品質の違いについて
品質については、中国産と日本産の差はあまりありません。
実際に化学分析してみても極端な差は出ないはずです。(今回は科学的なデータの掲載はしません)

作り手の感覚からすると、
日本産は湿度を与えることにより硬化する漆の特性をコントロールしやすい側面があります。
これは、日本産漆が採取時期によって、特徴を持っているからです。

初漆=乾きが早いが透けが悪い
盛漆=乾きは程よく透けが良い
末漆=乾きが遅く、透けが悪い

上記の特徴を生かしてそれぞれ、絵漆、塗り用の漆、下地と使い分けることができます。
たぶん輸入された漆は全てのシーズンのブレンドなので、平均的なパフォーマンスを見せてくれます。
日本産は産地や採取時期を選んで使える分、上級者向けであり、
扱いが難しい側面があります。

※ツイッターで中国産は日本産漆より紫外線に弱いという情報をいただきました。
これについてはソースを確認し、また漆屋さんにデータをいただきながら正しい情報をいずれアップできればと思います。
今回は明言を避けます。


2,価格の違いについて
価格の違いについては、日本産が中国産の5〜8倍であると思います。
最近は自家製の漆を使っているため、相場がわかりませんが、だいたい上記の範囲でしょう。
日本産、中国産ともに年々価格が上がっています。
将来的には中国産の漆も高騰することが予想できますね。


上記のように、あまり特徴を打ち出せていないが価格が高いというのが現状で、
長い間、国産漆は苦労してきました。
採取法が原始的で、採取総量を増やせないのが問題で、
機械的に生産量を増やしコストを抑えることができれば、
将来中国産の漆の値上げも考えれば、国産漆の使用量が回復することも可能なはずです。


最後に
文化庁が平成30年より国宝・重要文化財建造物の保存修理に用いる漆を原則的に国産を使うように決定しました。
これによって、それまで余っていた日本産漆が突然足りなくなりました。
しかし、漆の生産までには長い年月がかかります。

首里城の消失も含め国産漆への関心が高まっている今、
明日のための植栽は急務であると感じます。

漆に関心を持ってくれる方が一人でも増えると嬉しいです。

ゼロをイチに変えてゆく

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今回の記事では僕が物作りの生き方に悩んでいた20代の頃の不安と
振り返ってみて、その時期にやっておいてよかったことや、
失敗経験から見つけた活動の本質を書こうと思います。

2013〜2015年あたり、僕は焦っていました。
「個展をしたい!!」という気持ちが膨らんで、
とにかくいろいろな人に会い「個展がしたいです!」と言いまくっていました。
それでもまったく結果が出せなくて苦しい時期でした。


僕はその頃、作家としてのキャリアの成長曲線は
なだらかな右肩あがりだと思っていました。
だから、長期間平行線しか描いていない自分のキャリアが
ゼロのまま30代に突入してしまうのではないかと怯えていたのです。
漆芸作家は極端な寡作(かさく)なので、制作面での焦りもありました。


結論から言うとキャリアの成長曲線は
ある時点で急激に上昇し、平行し、また上昇すると言うイメージの方が近いと感じています。
例えば、
◇インパクトのある個展を開く
◇雑誌に紹介される
◇テレビに出る
◇賞をとる
◇相性抜群のギャラリーと仕事する

など、何らかのきっかけで一気に認知されることがあります。
最初の上昇ポイントに到達するまでは、とにかく苦しいし、無力感があります。
活動してもゼロが続く感じです。

そして、ここがポイントなのですが、最初の上昇ポイントが訪れても
自分を取り巻く環境は、おそらくそこまで変わりません。
本人的にはゼロではなくなったから
「これからすごいことが起こるかも!!」と思うのですが、
実際はあまり変わらない明日が来て、明後日がきます。
(認知と変化は時差があります)

僕がそうだったのですが、全国展で賞をいただき
NHKで作品が少しだけ登場して喜んだけど、周囲の変化は感覚的に「無」でした。

ただ、このような機会でキャリアがゼロからイチになったと言えます。
なので、とにかくアクセルを踏み込みましょう。


その後、また平行線を歩み、小さな足し算や掛け算を続けていって、
自分の活動が加速してゆく実感があります。

ゼロの時代が長くても、
変化がわかりにくいイチの期間も歩みをやめず、
前を向いて歩んで行くことができるならば、
ふとしたきっかけで、足し算や掛け算が自分を次のステージに押し上げてくれます。


結論としては
○結果が出ない時期は長い(焦っているからそう感じる)
○ゼロからイチになってもあまり変わらない(実際は変わってるけど、実感は少ない)
○歩みを止めたり、休んだりするとずっとゼロのまま
○とにかくもがいていたら思わぬところからチャンスが来る
○チャンスが来たら迷わず掴む!!(納期大丈夫かな?自分のキャパ超えてない?とか考えない)

このように考えながら、日々活動を続けています。

工芸の機械化はどこまで許されるか

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工芸=手作業のイメージは強い。
しかし、工芸の機械化が進んでいるのも確かで、
そのことについて尋ねられることも増えて来ました。

プロローグ
僕は漆に関して専門的に習った二人の恩師がいます。
一人は大学時代に習った林暁(はやしさとる)先生 
https://www.nihonkogeikai.or.jp/works/786/

もう一人は蒔絵技術を習った室瀬和美(むろせかずみ)先生https://www.nihonkogeikai.or.jp/works/810/?kokuhou_flag=1

先生方には技術と漆に対する姿勢を習いました。
共通している部分と、全く違う考え方を持っていることもあり、
僕が対極的だなと思っていたのは、
工芸の機械化への考え方です。

林先生は割と、機械化肯定派で
「手の先にある機械ならなんでも使っていい」と言う雰囲気があって、
実際に3Dでデザインした造形を機械で切削していました。

一方で、室瀬先生の工房は手工具がメインで、
「手で作るものの緊張感を第一に作る」雰囲気がありました。
まっすぐな線も定規を使わず描くので毎日勉強になりました。


僕のスタンス
僕が考える工芸と機械の考え方は
「完成したものが、工芸の伝統に即しており、
なおかつ、自分の頭と指先の延長線上にある技術なら大いに使う」
と言う感じです。

つまり、まっすぐに木材を加工するのに、
手鋸を使っても、電動帯鋸を使っても良いと言う考え方です。
仕上がってくるものは、まっすぐに加工された木なので
過程は問わないです。

そういった考え方から
木地づくりには3DとCNC加工機を使って造形することもあります。


ただ、加飾に関しては
一貫して「手作業」を愛している部分もあって、
何万パーツも必要な作品制作においても、
必要な部品は全て手作業で作っています。

これは、きっと室瀬先生から教わった、
「手で作るものの緊張感を第一に作る」感覚が自分に合っているからです。
それと、現代最高の技術を保持したいと言う思いから手技にこだわっています。


今後、技術は発達して、人間がものを作らなくても良くなってゆく時に、
僕たちが持っていた技術の代替が急速に進むかもしれません。
それに技術自体がなくなってゆくことが起こるでしょう。

守るものと展開すべきものをしっかりと見つめて、
活動の全てを通して美を届けることができるのなら、
きっと、大切なものは残ってゆくはずです。

スランプから脱出する方法

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どの分野でも、スランプにハマることはありますよね。
スポーツでも、アートでも、
日々同じような鍛錬を積んでいても、
好不調は避けられない時があります。

今日の記事は僕なりのスランプ脱出法を書こうと思います。


プロローグ
僕は、そもそもスランプに陥らないような活動を続けてきました。
具体的にいうと、
○生活を整えて、ルーティンに従って活動する。
○毎日デザインを考えて、制作リストを常にいっぱいにしておく。

上記の2つを続けていると、
制作上のムラは最小限になります。
何より、作りたいものが何年も先までずっと埋まっている状態なので、
意匠面で「次作に悩む」ことは、少ないです。


僕が感じるスランプとは
精神的なことに起因する部分が大きいです。
今年は、特に展覧会での落選が続いており、
社会的な評価が得られにくい年になっています。

「チャレンジの年」と銘打って活動しているから、
ある程度、落選は予期していましたが、実際に落選を続けるのは、
精神的に苦しいものがあります。

活動自体は力強く前進していても、
ふと「このままで大丈夫なのだろうか?」と
弱気になることもあります。

そういう時期は決まって、企画展の依頼がパタリと止んだり、
海外からのコンタクトがなくなったり、不安なことが重なったりします。


そういう時の対処法
そういう時、僕はとにかく、もがくようにしています。
出来るだけ多くの活動を行うようにするのです。
例えば展覧会をたくさん見たり、全く違った方向の制作に手を出したり、
メールをたくさん送ったり、製図をたくさんしたり。

理由は簡単で、自分が動いていないと、もっと不安になるからです。

結果から言うと、
この時期のがむしゃらな活動は、のちに何らかの影響をもたらすことは少ないです。
スランプを抜けるときは、意外なところから糸口がもたらされます。
(つまり、もがいている時に蒔いた種が発芽するイメージではありません)
1つの展覧会かもしれないし、1つのアイデアかもしれない。
または、一通のメールかもしれない。


けっきょくのところ
スランプの時期にもっとも良くない影響は、
自尊心を失うことだと思っています。
僕の場合、蒔絵に対する愛情と、そこにかける自分自身への自尊心を失いたくない。
だから、スランプの時に活動を加速させたいのです。

人によっては、一度対象から離れることが良い場合もあるでしょう。
スランプの時にやってくる
「自分はダメだ」と言う思いが和らぐなら、どのような方法でも、
スランプを脱する方法になるでしょう。

自分なりのスランプ脱出法を見出すのも長期的に活動するポイントのように思います。

前例が無くなってからが本番

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実は僕、いろいろビビってて、何をするにも前例にしがみついていました。
それが20代の頃です。

ブログで発信したり、ツイッターしたり「有名人でもない僕の発信になんの価値があるんだ?」
「いつか有名になってから発信した方がいいはずだ!」と、いろいろなことを先延ばしにしていたんです。
そして、多くお先人たちの略歴を研究していました。
なぜかというと
「明治生まれの〇〇先生はこの年に〇〇をしたのか」とか
「先生の先生は僕と同じ歳のときに〇〇を作ったのね」みたいに、
あたかも前例を勝手に仮定して、そこを追いかけるような活動を、
心の拠り所にしていたところがあります。
そして、それは楽なのです。
憧れている人のキャリアを目指して追いかけるのだから
充実感もあって、達成した時の喜びも大きい。

でも、仮に前例を100年前に生まれた人に設定してみても、
今と全然状況が違うし、彼らのやって来たことは、新たな道を1から開拓したようなものなのです。
後から見てみると、それがきちんとした道になっているから、いとも悠然と活動しているように見えて、
その瞬間、瞬間は壮絶だったはずです。

それに、キャリアをコピーすることはできません。
最初は過去とか、周辺を観察しながら恐る恐る歩んでいても、
気がつけば、すぐに前例の無い状態になります。

僕はそれに気づくのが遅くて、29歳のときにやっと、
前例がない状態に自分があると焦りました(正確に言えば、どのような活動においても前例なんてないです。)
それに気がついてから、前を向いて走り始めたのです。


実のところ大人になるということは
前例の無い道に足を踏み入れることのように思えます。
学生時代までは、あらかじめ問題と答えが用意されているけど、
社会に出たら、突然、自分の生きている周囲の問題を見つけることを要求されます。


そう言えば、以前、恩師から
「俺の先生が俺に言ってくれた言葉がある」と話してもらったことがあります。
「まず立て、後ろに壁を作れ、左右に壁を作れ、そして一歩踏み出せって」


その時はあまり意味がわからなかったけど、
頭の中でイメージするとすごく勇気がもらえる言葉だったように思います。
前例がない真っ暗な道に差し掛かった時、そこからが勝負なのです。

「まず立て、後ろに壁を作れ、左右に壁を作れ、そして一歩踏み出せ」

アーティストの一番の障壁は孤独かもしれない

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自分の好きなことをして生きてゆきたい。
独立したい。
そう思った時、思いとどまらせる理由はなんでしょうか。

お金の問題。
家族の問題。

他にもいろいろあるけど
実は孤独になるというのが身近で大きな問題ではないでしょうか。

会社に所属していれば、
生活が安定する収入と同時に、
誰かの役に立っているという安心感や
所属意識があって精神的に安定します。

何よりも、毎日誰かに会うことができる。
嫌いな人に毎日合わないとならないのも辛いけど、
誰にも会わないで何日も過ごすことも辛いものがあります。


僕は独立して長い間売れない作家時代を過ごしました。
お金がないけど、東京にしがみ付いていたので、
親のスネをかじり続ける、どうしようもない作家でした。
そのころの話はこちら(30代になっても親のすねをかじり続けた日々のこと。)

いつも部屋にこもって作業しているし、
食事は自炊だと、1日に誰かと交わす会話が
スーパーのレジの人に言う「ありがとうございます」だけの日が何日も続きます。
誰にも必要とされないし、
自分で生きてゆくことさえできずにいました。
誰とも話さないので、たまに人に会って話すと、
話すときの口の周りの筋肉が衰えていて、うまく口がうごかせなかったりします。


そんなの、とても健康的とは言えません。
規則正しい生活をして、食事もきちんととっていても、
孤独感は消せなくて、
それが何よりも大きな、壁のようでした。

物作りの毎日を送ると言うのは、
やはり孤独なものです。
孤独と向き合い、その中でいつまでも消えない
希望の芽を育て続けられるか、
それがアーティストが超えなければならない障壁なのかもしれません。

愛情のかたち

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愛情にはいろいろな形があります。
例えば、
家族愛
兄弟愛
友愛

僕が「この人を愛しているんだな~」と思うときは、
もし自分が、美味しいものを食べたり、素晴らしい体験をした時に、
「この美味しい料理を〇〇にも食べさせてあげたい」
「いつか〇〇をこの場所に連れてきたい」と思うときです。

海外に行くと
「この景色を両親に見てもらいたいな」
美味しいものを食べると
「この料理を奥さんにも食べさせたいな」
広い公園を見つけると
「この広場で犬と遊びたいな」
いい展覧会を見つけると
「この展覧会をスタッフにも見てもらいたいな」
と思うのです。

感動が多ければ多いほど、
美味しいものがたくさん食べられるほど、
美しい景色が多いほど、
素晴らしい作品に出会うほど、
共有したいものが増えてゆきます。
そして少しでも誰かを幸せにすることができるのかもしれない。
美しいものが自分の中に増えるほど、愛情は増えてゆきます。

僕の作品もそういう物の1つになればと思います。

作品の制作期間はどれくらい?

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「一点の制作期間はどれくらいですか?」
よく聞かれます。

僕の答えは
○小さな作品は半年くらい
○大きな作品は2年くらい


ただ、一概に制作期間といっても、
下地、塗りまでの期間や乾かしている時間なども含めてトータルで上記の制作期間となります。
例えば、
小さい作品なら下地や塗りに3ヶ月
加飾に入って3ヶ月
トータルで半年間かけます。

最近の制作内容は加飾に、より時間をかけていて、
○大きい作品の加飾に1年
○小さい作品の加飾に4ヶ月から半年かけています。

下地の時間は加飾に要した時間と同じくらい必要なので、
およそ2倍の時間が必要になってきます。

取材とか構想期間を含めると
もう少し長くなります。
温めておいたアイデアを数年越しに作品化することもあります。
また、過去の作品の加飾を削り落として、新しく作り直すことも多いので
そういった制作の場合、何年もかけて制作し続けることになります。

現在工房体制のもと僕も含めて三人で制作しておりますが、
大小の作品を合わせて年間5作品から8作品の完成を目指しています。

信頼できる方に木地制作と塗りをお願いできるようになってきたので、
工房では蒔絵を中心に作業を並行させています。
2021の個展までに幾つの作品を完成させることができるでしょうか。

この作品は塗りに3ヶ月蒔絵に3ヶ月くらい

箱物は塗りに一年蒔絵に一年くらい

複数の作品を並行して作ってゆきます。

香港へ

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先日香港へ行ってきました。
香港といえば、最近大きなデモが続いていたので
「行って大丈夫なの?」
「交通網麻痺してない?」という心配がありましたが
きっかけとなった法案が撤回されたため、普通に渡航することができました。

香港に行った理由は展覧会を見るためです。
香港のアートセンター・大館「MURAKAMI vs MURAKAMI」
諏訪敦さんの SOLARIS • SOLO EXHIBITION OF ATSUSHI SUWA
諏訪さんの個展は6/29日終了予定の展覧会だったのですが、
7月まで延長されたので見ることができました。

「MURAKAMI vs MURAKAMI」ですが、
色々情報を見ていたら、会場設営から力の入れようが違う感じがして、
「見に行かなきゃ」と思い、足を運びました。
村上隆さんの展覧会は
パリのペロタン
森美術館でも見ていたのですが、
会場を作るという意識が強くて、
いつもかっこいいんですよ。
作品も好きだし、見せ方の勉強になります。

https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/19797
(美術手帳リンク)

香港はとにかく雨が多くて暑かったです。
湿度が高いため、気温以上に体力を奪われる感じです。
滞在中に嫌な思いをすることは少なくて、
一度だけ不機嫌なタクシー運転手に当たってしまい、
最後に料金つり上げられたくらいで(100円くらい)
他は親切な国だと思いました。

いつも思うんだけど、
行きたいと思う展覧会には行こうと思います。
それは自分が憧れていて、到達したい場所には
出来るだけ近づこうとしたいからです。

「自分が見たことがある」
「自分が知っている」という状態の方が
目標を達成しやすくて
不思議と情報も、機会も増えてゆきます。
だからパスポートとスマートフォンがあるならば、
ちょっとした思いつきでさっさと飛行機に乗ってしまおうと思います。
(国内海外共に毎回もう少し下調べした方が有意義なだと思うけど。。)

「行けたら行く」
「行きたいけど、行けない」より
「行きたいから行く」人生を歩んでゆきます。