美しさと用途

用途のためなら美しさを犠牲にしてもいいのでしょうか。
美しさのためなら実用性を犠牲にしてもいいのでしょうか。

僕の制作は、実用性を犠牲にしてきたし、
これからその流れはエスカレートしてゆきます。
ある人から見たら
「使えない漆器なんて」と思われるかもしれませんが、
実用の漆器の歴史と同じく、
美的要素だけのあり方としての漆も日本人が育ててきた文化といって、間違いはありません。

逆に実用的な漆器も使い勝手がいいし、
とても味わい深い愛用の食器となってくれます。
最近、立て続けに用途のある器を作る機会があって、
そこには、極限まで美意識を突き詰めて、実用の器を制作しました。
実際に使って見ると、おそらく雑器という要素はないので
ある部分で気を使わなければ使えない。
言い換えるなら、使う人を選ぶ器を作ったのです。

なぜ、ここまで挑戦的に制作できたかと言えば、
僕の物作りの考え方が、より充実してきたからです。
実は批判される可能性のある作品を作るのはこわいんですよ
さらに売れなかったら、とか、前例がないとか。
リスクが多すぎる気がしました。

だけど、今ならできると思ったんです。
それは、例えば、今すぐに売れなくても全力で作ったものは必ず財産になるし、
どの時代のどこの国でも自信を持って発表できるクオリティの作品ならば、
今の批判など恐れるべきものではないと思ったのです。

ちょっと奇抜でかっこいい酒器
尊敬する根付作家の万征さんと作りました。
全容はもうすぐおしらせします。
お楽しみに!!!!

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