二万五千の祈りの造形
ここ数年、細かいパーツを貼りあわせてつくる模様の作品群を制作しています。
この仕事はとても時間がかかり、繰り返しが続く作業なので、同じ漆芸作家でも得意不得意わかれます。
また、金をたくさんつかうので、リスクもものすごく高いです。
僕は繰り返しの仕事が好きで、この仕事が苦にならないほうですし、
仕上がった時の重厚さが好きなので、こだわってこの作風を展開させています。
制作は見た目通り繊細な作業の繰り返しで、失敗できる部分がほとんどない厳しい仕事でもあります。
最も時間がかかったのが2014年の伝統工芸展出品作の「光芒」という作品です。
これはパーツを貼ってから透き漆で塗り込んで、さらにパーツを貼ってゆくという複層的な仕事をしてあります。
最終的に作品に使用したパーツの総数は約25000パーツでした。
予備を含めると膨大な数のパーツを作ったことになります。
パーツ制作は、型を打ち抜くタガネ作りからはじまります。
これは釘や彫金用タガネを加工して作ります。金属を抜くためには精度が必要なので初めは何度も失敗しました。
いよいよ素材の打ち抜きですが、複合的な素材をつかうので
各材料の数を揃える必要があります。
合計25000パーツですが、予備も大量に必要でした。
この打ち抜きの作業に一ヶ月ほどかかります。
金属のパーツは打ち抜いた後に平らにする必要があるので、その作業に10日程度。
パーツがそろって貼るのに一ヶ月半かかりました。
基本的に伝統工芸展の製作中は他の作品を作らないので、朝から晩までその作品と向き合います。
別に、すごく時間がかかるからすごいとか、良いとかではなくどれだけ時間をかけてでも作りたい作品があるということが、僕にとってすごく幸せなことだと思います。
1つの作品を作るために、金の板からパーツを打ち抜き、それを平らに調整して
美しい模様にするために貼付けてゆく。
その1つ1つの工程がなんだか、祈りのような気がしてきました。
不思議と、何万と同じ作業をくり返していると、身体が自然に動き始めるし
頭を使っているのかどうかもわからなくなってきました。
こういう作品をつくりたいという一心で、そのある種の苦行に突入したことで
偶然に不思議な感覚を得ることができたのかもしれません。
美を一心に願って、小さなひとかけらから願い作ると、そのかけらの集合体である作品は、不思議な美をまとうような気するんです。
最近はスタッフに手伝ってもらって、パーツ作りをすすめて、僕は貼る仕事に集中することが多かったのですが、
昨日今日と二日間パーツ作りに専念して、祈りの経験を改めて思い出しました。
美術は人類の切ない祈りで、僕は蒔絵でそれをおこなっているのだなと。