奥山先生との出会い

5年前、北区に住んでいた頃
人間国宝(鍛金保持者)の奥山峰石先生と出会いました。
出会いのきっかけは、飲み屋さんです。

僕がよく行っていた飲み屋さんがあって
その頃すごく貧しかったから、
食材の残りなんかがあると、おかみさんが「いらっしゃい」と言ってくるれました。
本当に少ないお酒代だけで、何時間も話しを聞いてもらってました。

ある時、そのおかみさんが近所に人間国宝が住んでいると教えてくれました。
今その先生の個展をやっているから、挨拶しに行くように。

そこで出会ったのが奥山先生でした。
その後飲みに誘ってもらうこともあって、奥山先生が主催している
「奥山峰石と北区の作家展」に参加させていただく事となりました。

この展覧会に初参加した時の懇親会の席で
僕は大勢の作家の前でひどく叱られました。
「浅井さんは今年日本伝統工芸展で賞をとったけど、もっと上の賞はたくさんあるし、あまり気を良くしていてはいけません。」
初参加の懇親会で全員の前で叱られたので衝撃でした。

この年僕は伝統工芸展で新人賞を受賞して
正直、浮き足立っていました。
先生の一喝に「大変な会に参加してしまったな。。」と心が暗くなったことを覚えています。

しかし、その後の奥山先生の僕に対するサポートはとても暖かくて
あの日の厳しさは、本当に親身になっての助言だったことにすぐ気がつきました。

先生はことあるごとに、ご自身の作品の蓋の制作を注文してくださり
いつもお願いした作業費より多い額の手間賃を用意してくれていました。
「必ず、次もやっていいと思えるだけの金額を言いなさい。あと、これは交通費にしなさい」
そして、いつも昼食や夕食にうなぎや寿司をご馳走してくれるのです。

先日先生から電話があって
「用事の後、うちに来てね」
と呼んでいただきました。
行ってみると、封筒を渡されました。
「ここにお金が入っているから、使いなさい」
「小さな作品ができたら持って来てください、最初にお金を渡しておきます」

去年の年末から作品の販売を止めて
個展のために作品をためています。
作家が作品を売らないという、収入が無い状況を察して手渡してくれたのです。

「いえ、これは受け取れません。せめて、作品ができてからでないと。。」

「大丈夫、これは今の浅井君にとって役に立つものだから、心配しないで受け取りなさい」

本当にありがたかった。
お金のことだけではなく、先生にはたくさんの恩を受けました。
どんなに苦しい現状でもたくさんの人の応援があって、
本当に素晴らしい出会いの中で僕は漆を続けられています。

漆がくれた出会いに感謝しています。