負けをおそれるひとは必ず負ける。

新規に設立された会社の生存率を調べてみると
会社設立から5年以上続く確率は約15%
10年後は6.3%
20年後は0.4%
30年後は0.021%

この数字、会社を軌道に乗せるのがいかに難しいかを物語っています。
さらに、年数を重ねてゆくと、社長の代替わりや社員の入れ替え等の荒波、
さらに経済の動向や時代の変化に対応できる会社を作るのは不可能といっています。

美術ではどうか、ひょっとすると上の数字より厳しいかもしれません。
日本にはたくさん美術を教える学校があって、毎年何千、何万人もの美術家を輩出します。
しかし、10年後に生き延びれるのは何人でしょうか。

この世は新しい事をする場合の勝率がかなり低く設定されています。
需要の無いところに需要を作ろうとするのだから、当たり前でしょう。
つまり、クリエイティブであろうとすると、圧倒的不利な状況で戦う事を余儀なくされます。
負ける事を前提にしていないとなりません。

負ける事が前提であっても、戦略をねって戦い、負けから何かの可能性を見いだす必要があります。


話は変わりますが、僕の友達によくナンパをする男がいます。
その彼と飲みにいくと必ずナンパしようとします。
僕としては二人で話したくても彼がナンパしてくるので、大所帯になるか
または、ずっとナンパに奔走してるので一人飲みみたいになってしまいます。

遠くからみていると、その彼、無視されたり、笑われたりナンパしてるところがかっこよくないんです。
でも、それにもめげずに一生懸命ナンパしてるんです。
それで、ふらっと一緒に飲む女の子を席までつれてきたりします。
たまに成功してるんですよね。
あきらかに、失敗が彼を強くしている。

僕は女の子に断られ続けるなんてつらすぎるので
失敗の多くは制作にぶつけてきました。
制作の失敗はとてもいたいものです。
落選したり、誰かの作品に似ていると言われたり、
ものすごくお金をかけて作っても恥ずかしいものしかできないんですよね。
それが10年くらい続きました。
良い作品を作るまでの年数や、作品数は人によって違うと思いますが
僕は20代後半まで一点も良い作品が作れなかったのです。

負け続けている間僕は更なる負けを積み重ねていました。
毎日図案を描き続けていたので、作品にならない負けを毎日積み重ねていました。
それで、ある時負けすぎて、恐怖心が無くなりました。
そうすると不思議と何となく自分らしさが見えてくるようになるんですよね。
そのやっと見つけた自分らしさを何年か続けていると、また負けが恋しくなってきます。
でも、次の負けは以前の負けとは違う色をしています。
改良するためのチャレンジなので、作品は悪いものではないのです。

会社に置き換えると、事業拡大のようなものでしょう。
ナンパに置き換えると、へこたれずきらめく笑顔で話しかけるような状態でしょう。

今は負けてもチャレンジする機会は多ければ多いほど良いと思っています。
ぼろぼろになってでも、挑戦し続けたいと思います。
新しいステージに行くためならどれだけ負けたって、可能性があるのだからそれを信じ続けれるんですよね。