今年の本展 漆の受賞作の見どころ
今年も日本伝統工芸展が始まりました
昨日研究会と懇親会に出席して、じっくり今年の出品作を拝見できました。
さて、ホームページには受賞作が掲載されておりますが、
やはり実際の作品と画面とではずいぶんと違います。
工芸は立体作品なので、ぜひ会場に足を運んでいただき作品を見ていただきたいと思います。
今年は漆芸から4作品が受賞しました。
漆芸家の目線から、技法や見所等を紹介します。
まずは沈黒の山岸一男先生の作品
沈黒(ちんこく)とは能登の伝統技法、沈金(ちんきん)の黒いパターンです。
沈金は漆の塗膜に刃物で彫り込みを入れて、そこに金粉や金箔を埋め込む技法で
漆黒に彫り込みに金が映える煌びやかな表現です。
今回の受賞作
沈黒象嵌合子「能登残照」は沈金の煌びやかさをではなく、沈黒という彫り味を活かした熟練の技が見所です。
画像で見ると、シンプルな黒地に赤いラインの入った丸箱ですが、
近目で見ると、彫り込みのつやの無い質感がとても美しい作品です。
朱色の太陽が地平線に消える瞬間のさざ波を彫り込みで表現されており、小さい箱から
雄大な能登の海岸線を想像させてくれます。
山岸先生は能登出身でご自身が見てこられた風景を、熟練した技で表現したいと語っておられました。
今回の展覧会の作品の中で僕が1番好きな作品がこの作品です。
こちらも輪島の作家さんです。
寺西先生が数年来テーマにしていたの夜の海シリーズ
とにかく海岸線に浮かぶ漁り火の表現が美しいです。
そこに集まるホタルイカが箱の長手方向に表現されていて
遠景の海の表情とそこに住むホタルイカという一体感のあるテーマが箱にすっきりと収まっています。
華やかな公募展の中で、しっとりとした漆黒が映える作品です。
ホタルイカの表現には蒔絵や螺鈿の複合技法が使われているので、その部分を注目してみていただきたい作品です。
ゆったりとしたフォルム造形は
乾漆(かんしつ)という技法でつくられた作品です
上記2作品は模様で見せる作品でしたが、こちらは造形の美しさが評価された作品です。
乾漆とは、漆を染込ませた麻布を貼り重ねてボディをつくる漆芸の伝統技法で
布の柔らかさを生かした自由な造形表現を見る事ができます。
この作品は、乾漆の特性である柔らか漆の艶の魅力を最大限に引き出しています。
朱と黒の塗り分けは特に難しく、粘度の違う2種類の漆を一度にぼかしながら塗ってゆきます。
また、その0.03mmの漆塗膜を研ぎ炭を使って丹念に研ぎ込むという高い技術力を要する表現を見る事ができます。
これだけ難易度が高い作品にも関わらず、ゆったりと穏やかに作品を見る事ができるのは、熟練の力量が成せる技でしょう。
新人賞の竹岡さんの作品
初出品初入賞というすばらしい成績を収めたこの作品の見所は
優しい造形と、塗の肌です
まずゆったりとした輪花の造形には、型の段階から彫刻的な仕事がほどこされていて
ふくらみの中にきりっとした緊張感が感じられます。
教科書的につくられた造形ではなく作者のこだわりが、1つの造形の中に見る事ができます。
また、塗肌は塗り立てという、漆本来のしっとりとした肌合いを見る事ができます。
これは上の乾漆蓋物「ふたひら」が艶上げを行なっている漆の表情に対して、漆が乾いたままの表情を生かした作品です。
塗り立ては、ホコリ1つも嫌う、集中力の必要な作業でこれだけの大きな作品を塗り立てるのはひじょうに難易度が高いです。
ゆったりとした造形に、塗り立ての肌が生かされた優しく美しい作品です。
この他にも重要無形文化財保持者(人間国宝)の作品も一堂に見る事ができる第63回日本伝統工芸展
芸術の秋にぜひ足をお運びください。