漆のストーリー

以前のブログで漆の事を書きました。過去記事はこちら
漆の木はそんなに強い木ではありません。

そんな木がどうやって縄文時代から
現代に至るまで、日本各地に分散し
植栽され続けてきたのか。
強力な接着力や美しい塗膜があるとはいえ
そこには多くの、人と漆のドラマがあったと思います。

僕の出身地である鳥取には
弥生時代の優れた漆器が出土する
「青谷上寺地遺跡(あおやかみじちいせき)」という遺跡があります。
ここから出土した木製品には漆が塗られており
現在でも当時の日本人がどのような美意識をもっていたかを知る事ができる
美しい器が当時の生活の断片が多数残っています。

当時の日本人も現在と同じように
漆に傷を付け、一滴ずつ漆の樹液を集め
そこに朱色や黒い顔料を入れて色鮮やかな漆器を制作していました。

僕は当時暮らしていた人たちも漆の樹液を得るために
漆の木を植栽していたと思っています。
つまり、自生している木を探すのではなく、あらかじめ植栽がされていたと思っているのです。
集落の周辺に数本のから数十本の漆の木を植えて
必要なときに傷をつけそれを塗料や接着剤に使っていたのだと思います。

集落の移動や移住の際も漆の苗木や種をもって
移動していたのではないでしょうか。
植えて、育てて採取するという人間と漆との関係の源流は
既に縄文時代や弥生時代にあったのではないでしょうか。

漆は木材としてではなく、樹液を採取する木として
長い時間人間と寄り添ってきました。
たいして丈夫でない漆の木を大切に育てる人がいて、
今とは違った形をした刷毛があり
今とは違った形の漆掻きの道具を使って漆を採取する名人がいた。
現代と同じように漆を愛する人たちのストーリーがあったのだと思います。
きっと、僕たち日本人の心の中には漆に惹き付けられるDNAが消えずに残っているんじゃないでしょうか。

あなたは漆が好きですか?